そんな昼の暑さが残る金曜夜、葵さんがかなりあらぶった様子で来店した。店に入って来るなり、声を上げて草壁さんにリクエストをする葵さん。
「爽君、僕お肉が食べたい! とにかくお腹いっぱい塊肉が食べたい」
「今絞ってるんじゃなかったのか」
「そうだけどさぁ……」
 どうやら今は写真集の撮影前で、体を絞っているらしい。
 そんなに細い体のいったいどこを絞るのか……と、疑問に思って隣の席で見つめていたが、葵さんは大好きなお酒も飲まずにお茶を飲んでいる。
「葵さん、この前テレビ出てましたね! たまたまつけたらビックリしちゃって」
「深夜なのに観てくれたんだ、ありがとーっ。そうそう、あの番組きっかけにもっと仕事増えてきてさ」
「葵さんすごいです。もうここにも中々来れなくなってしまうのでは……」
「えー、どんなに忙しくても全力で来るよ」
 そう言って、葵さんはにっこりと微笑んだ。
 葵さんは今日は撮影後のせいか、男性の姿で、有名ブランドの黒TシャツにGパンというシンプルな恰好をしている。意外にも、元の髪形はすごくシンプルなショートカットで、黒髪だ。
 深めにかぶっていたキャップを取って、少し長めの前髪を斜めに流した葵さんの顔を見ると、その中性的な美しさに思わず見とれてしまう。
「なんか、何度見ても葵さんの美しさには慣れないです……」
「なにそれー。菜乃ちゃん、一杯奢ってあげる。なに飲みたい?」
「ええっ、そんな」
 葵さんと他愛もない会話をしていると、草壁さんが突然取り出す動きを止めて、大声をあげた。
「そうだ! ずっと使ってなかったあれがあるぞ葵」
「ええ、なに爽君。あれって言われても……」
 がざごそと棚を漁りながら、草壁さんは土嚢の様ななにかを私たちの目の前に置いた。
 透明な袋に入った土状の物体を見た私は思わずつぶやく。
「これは、裏の畑で取ってきた土……」
「誰が土を出すかバカ。これはソイミートだ」
「そ、ソイミート……?」
「その名の通り、大豆で肉を再現したものだ」
「ええっ、そんなの無理ですよ。無理無理!」
 大豆が肉になるなんて、どんだけ泥酔した状態の舌でも私は騙されないぞ。肉大好きな女ですから……。
 葵さんは「なんか聞いたことはある」と呟いて興味深そうにしている。
 草壁さんは私の言葉を無視して調理を開始した。