「過去よりもレシピを教えて欲しいです。すごく上手にできて、感動したんです、私……」
 素直にそう伝えると、萼さんは「そっか」と言って微笑んだ。
 すると、萼さんの笑い声で起きたのか、草壁さんがうしろで伸びを始めた。
 ほんの少しだけ顔色もマシになり、目の充血が引いている気がする。
「よく寝た。あれ、小鳥遊(タカナシ)芽依は帰ったのか」
「草壁さん、なんにも覚えてないんですか……」
「寝ると忘れる。腹減ったな」
 そう言うと、草壁さんは眠い目をこすりながら食器洗いを始めた。
 すると、萼さんも立ち上がり、食器をカウンターに静かに置いた。
「今日はそろそろ帰るよ。またね、菜乃ちゃん」
「あ、今日はありがとうございました!」
 お会計を済ませて、萼さんは笑顔でお店をあとにした。
 萼さん、不思議な人だったな……。
 草壁さんのことをちっとも知りたくないのかと言われたら少し嘘になるけれど、もし草壁さんのことを知りたくなったら、自分の口から聞こう。
 私はベルの音が鳴り止むまで、ドアを見つめて立ち尽くしていた。
 そして再び、眠たそうにしている草壁さんとふたりきりになる。
 沈黙の中で、私のお腹がぐぅ、と間抜けな音を立ててしまった。
 慌ててお腹を押さえると、草壁さんは「座れ」と言ってカウンターを指差す。
「ええっ、でも今はお手伝い中……」
「もうだいぶ回復した。お前も食え」
「い、いいんですか。実はさっきからずっと食べたくて仕方なくて……」
「今日はもう客も来なそうだし、一緒に食うかな」
 サラッとそう言って、草壁さんは私の分も一緒にカレーをよそってくれた。
 席に着き、肩を並べると、なんだか少し緊張してくる。
「すみません、私は今、社内一のモテ男と肩を並べてカレーを食べてます……」
「なにを言ってるんだ」
「なにか言ってないと緊張しちゃって」
「バカ言ってないで食え」
 その言葉に、私はパチンと両手を合わせていただきます、と軽くお辞儀する。
 そして、勢いよくカレーを口に運ぶと、美味しさで言葉を失った。
 萼さんの言う通りだ。トマトの酸味と香辛料がたまらない。辛くて酸っぱい味の奥に、バターの濃厚さが感じられる。
 暑い日でもばくばく食べられてしまうような味つけだ。
 しばらく、部活帰りの男子のようにガツガツと食べていると、ふと視線を感じて顔を上げる。