戸惑った顔をしている私に、萼さんが謝った。
 私はふるふると首を横に振って、萼さんを席に案内した。
 どうやら今みたいなやりとりは、自分以外の女性がいるときは毎回恒例らしい。
 あんなに若くて可愛い子にもモテているなんて、草壁さんは恐るべしアラサーだ。
 当の本人は、芽依さんがいなくなってから、カウンター内にある椅子に座って眠たそうにこくこくと首を傾けている。
「草壁の部下なんだ? はじめてお会いするよね? 俺、須山(スヤマ)萼です。萼って呼んで。変わった名前だから覚えやすいでしょ」
「花井菜乃です。はじめまして。草壁さんにはいつもお世話になっていて……」
「菜乃ちゃん、この店のメッセージグループあるから、ID教えて? 招待するよ」
「なんと! そんなものが……。ちょっと待ってくださいね、今スマホを……」
 ニコニコしながらそう言われたので、私はなにも考えずにカバンからスマホを取り出した。
 草壁さんは相変わらずうたた寝をしている。
 QRコードを読み取ってもらい、IDを交換しようとすると、萼さんは突然笑った。
「あはは、菜乃ちゃん警戒心ゼロ! 草壁の客だからって安心しちゃった?」
「え……?」
「グループなんてないよ。でも交換しよう。草壁がお店を手伝わせた子、興味ある」
「え、えっと……?」
 な、なんだ。騙されたのか……。
 混乱しているうちに、QRコードをいつのまにか読み取られていた。
 色っぽい雰囲気の萼さんは、初対面でこんなことを言うのもなんだけど、感情が読み取れない。ニコニコしているのに掴み所がない。
 小説家ということをちらっと聞いたけれど、今までに出会ったことない人種だ。
「萼さんは、小説家なんですか?」
「うん。一応、自分で言うのもなんだけどそこそこ売れてる小説家。隣のマンションの住人で、草壁とは高校の同級生」
「ええっ! そうだったんですか。まさかそんな古いご友人だとは」
 想像とは違う繋がりに驚いて、私は思わず声を上げてしまった。
 高校生の頃の草壁さんかあ……。いったいどんな学生だったんだろう。
「まさかこんなところでこうやって再会するなんて、思ってもみなかったよ。まあ、俺も草壁も世田谷に実家あるから、この辺は馴染み深いんだけどね」
「あ、じゃあ草壁さんのご両親もこの辺に住んでるんですかね」