すると、その美女は思い切り手を払って、威嚇するように強く言い返した。
「うるっさいな萼(ガク)! エロ小説家は黙ってて!」
「芽依、俺の文学をエロの一言で片付けるな」
「タレ目に泣きぼくろで天パって、エロでしかないじゃない」
「えー? どういう偏見なのそれは」
 ケラケラと笑っている彼とは対照的に、芽依さんという美女は目を吊りあげて怒っている。
 腰まで伸びた綺麗な髪の毛は緩い縦ロールで、目はお人形さんみたいに丸くて大きい。
 萼さんと呼ばれる人の身長がかなり大きいので、余計にかわいく見えてしまう。
 歳は二十歳そこそこだろうか……?
 なんてことを考えていると、芽依さんが私の方に近づいてきた。
 それから、私と草壁さんの顔を交互に見てから問いかける。
「爽君、アルバイト雇ったの……? この人彼女じゃないよね?」
「どっちも違う。食うなら座れ」
 この人はなんでこんなに冷たい返し方ができるのだろうか……。この世界にお客さんに対して『食うなら座れ』と言い放つマスターは草壁さんだけだろう。
「じゃあなに? 妹さんとか? 全然似てないけど」
「会社の部下だ。俺の体調が優れないからイレギュラーで手伝ってもらった。食うのか食わないのかどっちだ」
「……今日は萼がいるから、テイクアウトする」
 芽依さんがぼそっとそうつぶやいたので、私はお持ち帰り用のケースにカレーを注いだ。
 輪ゴムで留めて、袋に入れたものを手渡そうとすると、芽依さんはじっと私の顔を見つめる。
 それから、ギリギリ聞き取れる声で「ありがとうございます」とつぶやいた。
 それから、萼さんを押しのけてドアノブに手をかけ、振り向いて最後に言い放つ。
「爽君、お客とは絶対付き合わないって言って私をフッたんだから、その人ともダメだよ!」
 衝撃的な言葉に、私は思わず勢いよく振り返り、草壁さんの顔を見つめる。
 草壁さんは眉を一ミリも動かさずにこう答えた。
「ありえない心配をするな。はやく寝ろ」
 ありえない心配って!
 まあそりゃあそうなんですけど、そんな気持ちよく言い切らなくても!
 隣でショックを受けているうちに、芽依さんは店を出て行ってしまった。
 残された萼さんとバチッと目が合って、思わず困惑した表情を返してしまった。
「芽依は草壁命のこじらせOLなんだ。インパクト大きすぎたよね。ごめんね」