「見られてたんですね。お恥ずかしい……。でも、今日は完全に私の力不足で」
「お前真面目そうだからなあ。全部真に受けて生きてんだろ」
 荒く切ったトマトをフードプロセッサーに入れながら、今日起きた出来事を草壁さんにぽつりぽつりと話してしまった。
 なぜだろう。植物に囲まれたこのお店にいると、ふっと肩の力が抜けて、誰かに話を聞いてほしくなってしまうんだ。
「私、ちゃんとユーザーのことを思って仕事できてなかったなって……。すごく自分中心な仕事の仕方をしてしまって」
「へぇ、花井でも悩むことあんだな」
「私も、草壁さんみたいに、なりたいです……。草壁さんタイプの人間に、激しく憧れます」
「なんでだよ。もっとマシな人間に憧れろよ」
 草壁さんは、なんのアドバイスもないまま、私の話をただ聞いてくれるだけだった。でも、話しているうちに少しだけ心が軽くなってきた。
 そうこうしているうちに、フードプロセッサーで撹拌されたトマトペーストが完成した。
 次に、にんじんを小さめの乱切りに、たまねぎを粗みじん切りに、鶏肉を一口大に切る。
 熱したオリーブオイルにすりおろしたにんにくと生姜を加え、香りが出たら玉ねぎを投入する。
 玉ねぎが透き通ってきたら他の具材も加え、中火でしばらく炒める。
 そしてそこに、ついに完熟トマトのペーストを注ぎ込んだ。
 トマトの酸っぱい香りがふわっと漂って、食欲がそそられる。
「すごくきれいなトマトですね。美味しそう」
「裏の畑で採れたんだ。今年はとくにきれいに育ってくれたな」
「これも育てたんですか⁉︎ すごいです……」
 驚きながらも、鍋に水を注いで、お玉で具材をぐるりとかき混ぜる。
 煮込んでいる間、草壁さんは壁にもたれかかって寝ていた。
 寝顔さえ美しくて、この距離では直視できない。
 私は、こげつかさないように鍋と真剣に向き合いながら、完成する瞬間を待ちわびた。
 タイマーが鳴って、草壁さんがパチリと目を覚ますと、煮立った鍋に市販のルーを入れた。
 すると、一気にスパイスの香りが部屋中に溢れ、カレーの匂いでいっぱいになった。
 この匂いを嗅ぐと無条件でお腹が空いてくるのはなぜなんだろう。
 もったりとした液体になっていくのをお玉越しに感じながら、自分でもこんなに美味しそうな料理をつくれたことが嬉しくなってきた。