森泉乳業さんに申し訳ないことをしてしまったという気持ちでいっぱいで、私は暗い顔のまま帰宅していた。
「あ、あれ……? 自然とここへ来てしまった……!」
 心が植物に癒されることを求めていたせいだろうか。なにも考えずに歩いていると、気づいたら植物レストランの前に辿り着いていた。
 まだお店の明かりは付いていないから、草壁さんは残業をしているのだろう。そりゃあそうだ、あんなに忙しそうだったから……。
「草壁さん、大丈夫かなあ……」
 そんな独り言をつぶやくと、お店の中からガタンというなにかが崩れる音が聞こえた。
 もしかして、泥棒……?
 いやそんなまさか……。
 そう思いながらも、もし本当に泥棒だったら、今助けることができるのは私しかいない。
 店内の植物もめちゃめちゃにされてしまったら……。
 草壁さんも、ここのお客さんも、そんなことになったら悲しむに決まってる。
 考え出したら止まらなくなり、私は勢いに任せてドアを開けた。
「あのっ、なにかこのお店に……」
 そこまで言いかけたところで、私の緊張感は一気に解けた。
 なぜならそこには、カウンターで爆睡している草壁さんがいたからだ。
 食材が下に転がっていることから、おそらく電気もつけずにいつのまにか寝てしまったんだろう。
 私は慌てて電気をつけて、食材を拾い、草壁さんの肩をゆする。
「草壁さん! そんなに疲れているのなら今日は休んでください! 体壊しますよ!」
「ん……、なんだクォッカか……」
「出た、クォッカ! 海外の芸能人かと思って嬉々として調べたらネズミだったんですけど! どういうことなんですか!」
「食べてるときの顔が似てる」
「ネズミに似てても嬉しくないんですけど……」
 私のツッコミも無視して、草壁さんは眠い目をこすりながら立ち上がった。
 綺麗なアーモンド型の瞳が、今日は赤く充血している。顔色もどことなく青白い。
 それでも包丁を握って食材を切ろうとする草壁さんに、私は恐ろしい気持ちになった。
「危ないですよ! 手元、手元ちゃんと見て目を開けてください!」
「大丈夫、感覚で切れるから……」
「血みどろの料理が出来上がりますよ」
 目を閉じながら切りはじめた草壁さんの手を掴んで止めた。
 すると、草壁さんは小さい声でぽつりとつぶやく。
「休めねーよ。葵みたいな客が多いからな、ここは」
「え……」