営業部の私には直接関係のない話だけれど、近々うちの会社が運営しているレシピ投稿サイトがアップグレードされる。
もちろんその仕事を担うのは、草壁さん率いるシステム事業部だ。
この日のために半年間準備してきたと言っていいほど、大きな作業らしい。土曜日も行われる最後の準備作業に、エンジニアの皆さんの空気は若干ピリついていた。
と言っても、ピリついている部署は私の部署も同じなんだけれど……。
「花井ちゃーん、森泉乳業さんとのコラボに関する企画書できた?」
「あ、祐川(スケガワ)さん! おはようございます。はいっ、今日の会議前に事前にチェックしてもらえたらと思って今コピーを……」
コーヒー片手に私のデスクにやってきたのは、営業部部長の祐川さんだ。
黒縁メガネに、もみあげと顎髭が繋がったワイルドなスタイルが特徴的な祐川さんは、最近奥さんと上手くいっていないらしく、ここ数日機嫌が悪い。
「いやいや無理。俺このあとぶっ通しで会議入ってるから。要点だけ五行以内でメッセージ送っておいて。あ、ちなみに次の会議までの空き時間、今から十五分間しかないからそれまでにね」
「はいっ、分かりました」
あらかじめコピーしてホチキス留めもした資料を手で払いのけられた。
要点だけ言えばいいから、は祐川さんがよく口にするセリフだ。
祐川さんは、焦る私を置いて、「じゃあよろしくねーん」と手を振り去っていく。
そんな様子を見ていた、隣の席の桃野(モモノ)さんが、可愛らしい声でこそこそと話しかけてくる。
「祐川さん、不倫がバレて今奥さんと超修羅場らしいですよ。三十代で若くして部長になったのに、恋愛面だらしなさすぎですよねぇ」
「あはは、そうなんだ……」
桃野さんは中途入社で入って一年しか経っていないのにも関わらず、社内の政治や噂に詳しい。
社内の飲み会には必ず参加し、他部署とも沢山交流していることは素直に尊敬する。
見た目も私とは正反対で、同い年なのに若々しく、パーマのショートカットが似合うなんだか子猫のような可愛らしさがある子だ。
祐川さんの噂話に煮え切らない返事をしたせいか、一瞬彼女はつまらなさそうな顔をした。
申し訳ないけれど、過去の苦い経験から、社内の噂話は否定も肯定もしないと、固く胸に誓っているのだ。