「今だから聞くけど、あのとき爽君なんで見知らぬ僕に、ご飯ご馳走してくれたの? なんだこいつって思わなかった?」
 そう問いかけると、草壁さんは「そんな昔のこともう覚えてない」と即答した。
 絶対になにか理由があったんだろうけど、草壁さんはそれを口にしない。
 葵さんは「ちぇ」と口を尖らせてから、マネージャーさんからの電話を折り返してくるね、と外に出てしまった。

 ふたりっきりになると、急に空気が変わったように思えてくる。
 私は少し緊張しながらも、アボカドのアイスをひたすら頬張っていた。
 すると、草壁さんが独り言のようにつぶやいた。
「……あのとき、葵と少しでも関わってあげてればよかったって、後悔したくなかったんだよ」
「え……?」
 もしかして、さっきの葵さんの問いかけに対する答えなんだろうか。
 顔を上げると、草壁さんはいつも通りなんともない顔で、皿洗いをしている。
「だってあのとき、葵が震えた声で話しかけてきたとき……、“僕のこと見えてますか?”みたいな顔してたからな」
「え、それってどういう……」
「まあ、誰だってあるだろ。自分が透明人間なんじゃないかって思うような孤独が、ふと襲ってくることくらい」
 そう言って、草壁さんは少しだけ目を伏せた。
 会社では、エリートで近寄りがたい人だって思ってた。
 自分が一生かけても関わることができない人だって思ってた。
 きっと草壁さんのような完璧人間には、私のような凡人は、まさに透明人間みたいなものなんじゃないかって、そんな風にさえ考えていたかもしれない。
 でもきっとこの人は、私が思う以上に優しい人なんだろう。
 それに気づいた途端、きゅうっと、胸の一部が苦しくなった。
 そんな草壁さんだからこそ、この素敵なお店ができたんだ。
 草壁さんじゃないと、このお店はできていない。
 そんな場所を知ることができて、私は本当に幸せだ。
「……草壁さん、私、毎週金曜ここに来てもいいですか」
 振り絞った声で問いかけると、草壁さんは一瞬驚いたような表情をした。
「別にいいけど、大事な金曜夜をここで過ごしていいのか。もっと飲みに行ったり色々……」
「興味ない会社の飲み会より、自慢話聞くだけの合コンより、ここにいる時間の方が好きです」
 思わず草壁さんの言葉を遮ってしまった。