葵さんは、もしかして私が知らないだけで、結構有名なモデルさんなのかもしれない。普段テレビを観ないから、芸能に疎い私は気づけなかったけれど。
「なんかふいに孤独が爆発しちゃって、本当急にさ。多分このままの僕でいいのかすごく悩んでいた時期だからかな。……そんで、つい話しかけちゃったの。大量に食材詰め込んだんスーパーの袋を持っている爽君に、今日なに作るんですかって。突然。怖いよね、今考えると」
「そのときが初対面なんですもんね……」
「でもね、そのとき爽君、少しも動揺せずに“食べに来るか”って言ったの。言っちゃなんだけど、そんな提案してくるあの人もおかしくない?」
「えぇっ、草壁さんにそんなコミュ力が……?」
「そうそう。“ちょうど今から店開けようと思ってたんだ”って。驚きながらついて行ったら、店内が植物だらけで更にびっくりした。それから、すっごく美味しいシチュー作ってくれてさ。芽キャベツ沢山入ったやつ。旬の料理を植物に囲まれて食べるなんて、癒されるに決まってるよね」
 たしかに、私も初めてあのお店で草壁さんの料理を食べたとき、植物たちに癒されて、体中に栄養が染みわたっていくようだった。
 ひとつひとつ大切なことを思い出すように語ってくれる草壁さんの瞳は、凄く優しい色をしている。
 きっとそれは、葵さんにとって大切な思い出だからなんだろう。
 あんなに仏頂面で、大量の食材を持った見知らぬ男性に話しかけるなんて、葵さんもなかなか勇気がある。
「あのとき食べたシチューの味、本当忘れられなくてさ。こっち来て初めて食べた誰かの手料理っていう相乗効果もあってだろうけど。まあ、それからずっと、あの店に通ってるんだ。なんか爽君のお陰で、色んな友達もできたしね」
「葵さんにとって、癒しの場所みたいなものなんですね」
「そう、マスターは超不愛想だけど! でも大切な場所なの。だからあの場所で、菜乃ちゃんみたいな子と会えて嬉しい。ありがとう」
「えっ、そんな、お礼を言われることなんて私ひとつも……」
 そこまで言いかけると、葵さんはすっと立ちあがった。
 それから、私の腕を優しく引っ張って、立たせてくれた。
 細い腕なのに、いとも簡単に私の体を引きあげてくれたことに驚いていると、葵さんは、走って乱れたままだった私の髪をそっと直してくれた。
 それから、目を伏せて微笑んだ。