きれいなアーモンド型の瞳が、あんなに拍子抜けしたように歪むのを私は初めて見た。
 ああ、今日はとんでもない厄日だ。
 私だって、こんなこと、これほどの極限状態でなければ頼まない。
 普段から大食いの私にとって、会議続きでランチを食べられなかったことは、こんなにも体に支障をきたすほど重大なことだったのだ。



 今思えば、今日は大変な厄日だった。
 同期である別れた元彼には、会社で私との別れ話を笑い話にされるし、仕事では社会人三年目とは思えない凡ミスを繰り返すし、会議続きで飲み物以外なにも口にすることなく、終電ギリギリまで働いてしまった。
 私の家族は皆大食いで、丼ぶりで白米が出てくることがデフォルトで。
 友人や恋人の前では大食いを隠していたが、元彼の洋介にだけは、本当の自分を見せてもいいかと思い、大食いであることを暴露してお腹いっぱいステーキを食べるデートをした。
 すると、翌日『あんなに食うのは女じゃない。正直引いた。別れよう(笑)』というメッセージが届いたのだ。
 あんなに『笑』という漢字一文字に苛立ちを覚えたことはない。
 あれからもう一ヶ月が過ぎたというのに、どうして今更こんなことを思い出してしまうんだろう。
 やっぱり、人間腹が減ってるとろくなことを考えやしない。
「あれ……、私……」
 甘い花の香りがして、私はだんだんと瞼を開いた。
 朝起きたときのように、頭がぼうっとしている。
 そう言えば、さっき私、誰かに助けてもらったような……。
「は! 草壁さん、すみませんもたれかかって!」
 目を開けると、いつのまにか草壁さんの肩に担がれており、驚いた私は思わずのけぞってしまった。
 しかし、また倒れたらどうするんだ、と言われ、無理やり草壁さんの腕を掴まされた。
 そもそもここは、一体どこなのだ。
 閑静な住宅街には、飲食店が一軒もない。
 街灯がぽつんぽつんとあるだけで、今は人の気配もない。
 おかしい。私はお腹が空いたと告げたはずなのに……。
 そんなことを思っていると、なんだか香水のような甘い香りが鼻孔をくすぐった。
 その香りは、どうやら数メートル先にある、何かに覆われた建物から辿り着いたらしい。
「なんだかこの建物からいい匂いが……」
「着いたぞ。俺の家だ」
「え、何を冗談を……」