「ごめんね、本当は男で、一人称も“僕”なんだ。隠すわけじゃなかったんだけど、今日の服装的に、女で過ごしたほうが戸惑わせないで済むかなって思って」
「か、完全に女性だと思ってました。ごめんなさい、私もさっき、びっくりして……」
「驚かせちゃったね。ごめんね」
 葵さんがそう言って笑うので、胸のどこかがきゅっと切なくなった。
 さっきの男二人組の心ない言葉が、今さら腹立たしい。
 今の葵さんになった理由はまだ分からないけれど、こんな経験を、葵さんは今まで何度してきたのだろうか。
 なにも言えないで黙っていると、葵さんは私が困っていると勘違いしたのか、昔の話を始めた。
「僕さ、東北の超田舎に生まれたんだ。自分の性に疑問を抱いたのは、小学校高学年の頃かな」
 葵さんはひとつひとつ振り返るように語り始める。
 その横顔はとても中性的で、女性にも男性にも見えた。
「女の子になりたいってわけじゃなくて、ただ、男とか女とか区切られることが苦しかったんだよね。好きになる人も、男も女も関係なかった。自分の中のボーダーが、普通の人よりも超ゆるかった。本当にそれだけなんだ」
「そうだったんですね……」
「今はもうさ、そういう性の認識にすごく寛容な時代になったじゃん? 色んな人を認め合って生きていくもんだって、僕の中では思ってた。だから、中学で仲良かった友達に、“普通に”そのこと打ち明けたんだ。でもダメだった。“普通に”引かれた。差別が無くなってるのはネット上だけの話だった。僕の周りとは違う世界だった」
 ははっと笑う葵さんに、再び胸が苦しくなる。
 眉をハの字にして黙っていると、そんな顔しないで、と優しく言われた。
「信じられないスピードで、友達を全員失ったんだ。噂はあっという間に広まって、親にも分かってもらえずに、高校は通信制にして、卒業したら逃げるように東京に出てきた。SNSを見てスカウトしてくれた事務所に所属して、ありがたいことに仕事は本当に少しずつ増えてった。でも自分の性に関することを事務所に言えないまま悩んでいたとき、爽君に出会ったんだ。マンションのエレベーターの中で」
「エレベーターの中で……?」
 思わぬ場所での出会いに少し驚いていると、葵さんは斜め上を見ながら、記憶を捻り出すように小さくうなる。
「うーん、たしか男としての仕事で、初めて雑誌で特集載ったときだったんだよね」