チラッと草壁さんを尊敬のまなざしで見上げると、バチッと目が合ってしまった。
 思わずアーモンド形のきれいな瞳に吸い込まれそうになったとき、カランという鐘の音が店内に響いた。
「お疲れー、今日メニューなにー?……って、おぉ?」
 そこに現れたのは、黒髪ロングがよく似合う長身の美女だった。
 彼女は黒めがちな瞳をパチクリと瞬かせて、私と草壁さんの顔を交互に見比べている。
「いらっしゃい」
 草壁さんはいつもどおりの声音でそう言うと、おしぼりを私が座っていた隣の席に置いた。
 私も慌ててカウンターから出てぺこりとお辞儀をする。
 キャスケット帽のつばを少し上げて、彼女は暫し沈黙をつくってから真剣な表情で口を開いた。
「会社の後輩を、手料理をダシに呼びつけて、家に連れこもうとしている途中のイチャイチャクッキング……」
「なにを言ってるのか全く分からない。座れ」
 間髪入れずに、呆れた口調で草壁さんがそう指示すると、笑いながら彼女は席に座った。
「なーんだ、女っ気ない爽(ソウ)君が、やっと彼女つくろうとしたのかと思ったのに」
 ケラケラと楽しそうに笑う彼女の隣に静かに座ると、彼女は私に白い手をさしだしてきた。
「初めまして。隣のマンションに住んでる茎田葵(クキタアオイ)です。葵って呼んでね。一応モデルやってます」
「あ、初めまして! 草壁さんと同じ食品会社で宣伝部の、花井菜乃です」
 あまりの美しさに圧倒されながら握手をすると、太陽みたいな笑顔でよろしくね、と言ってくれた。
 ま、眩しい……。
 忙しすぎて、たまにシャンプーとリンスを混ぜて洗髪してしまう私とは、恐らく人間力から違う。
 恍惚として見つめていると、葵さんは無邪気な声で暴言を吐いた。
「爽君、会社でめちゃくちゃ嫌われてるでしょ。表情筋が死んで顔が能面だから」
「え? いや、表情筋は死んでますけど、女性には人気です!」
 慌てて答えると、カウンターから草壁さんが『俺の笑顔の可愛さを知らないのか』と言って睨んできた。
 葵さんの、キュートな顔からは想像できない毒舌に、思わず緊張が少し解けた。
「あはは、菜乃ちゃんおもしろいなー。あ、今、やっと表情和らいだね」
「モデルさんって、私初めてお会いしたので、きれい過ぎて、緊張してたんですけど……」
「え、なにそれかわいいー」