ゆめさきの軽口の語尾は、悪漢どもの雄叫びによって掻き消された。剣を抜いた悪漢どもが突っ込んでくる。先陣を切る一人は、その速さが尋常ではない。
 彼が飛び出した。【豪速】の剣を正面から受け止める。甲高い金属音。速さの根ざしものを持つ悪漢が目を見張った。手にした剣が、ただ一合で根元から折れている。

「安物のなまくらを使ってるせいだ」
 彼がつぶやいたのは、豪速の悪漢を蹴り飛ばした後だった。側頭部に衝撃を食らった悪漢は、床に突っ伏して動かない。その体の上を、ゆめさきが飛翔して過ぎる。

 低い宙を飛ぶゆめさきに、着飾った悪漢が目を剥いた。ゆめさきは容赦なく、悪漢の脚を狙って剣を振るう。
 手応えがあった。悪漢が叫んだ。ゆめさきは思わず顔をしかめた。悪漢だろうが罪人だろうが、傷を負えば痛いのだ。
 いや、少しくらい痛い目に遭わせなければならない。だって、こいつは子どもをさらって閉じ込めて売り払う罪人だ。子どもたちに乱暴をしたかもしれない。許してはおけない。

 脚の傷を押さえて転げまわる悪漢から、ゆめさきは跳び離れた。倉庫の隅に転がる麻袋を見やる。三つの麻袋がジタバタと動き、もがいている。繰り広げられる戦闘の気配を察しているのだろう。

「助けなきゃ」
 ゆめさきは麻袋に駆け寄ろうとした。
「後ろ!」
 彼の声にハッとして、跳び上がり、飛び上がる。ゆめさきの靴の先を白刃がかすめた。空振りした悪漢がゆめさきを仰ぎ、ニタリとして、麻袋へと突進する。
「やめなさい!」

 叫んだゆめさきより早く、黒い人影が、悪漢の前に立ちはだかった。男だ。黒髪に黒衣、靴まで黒いが、肌は白く、手にした刀もまた冴え冴えと白い。
 勢い込んでいた悪漢が、新たな乱入者に戸惑いを見せた。
「な、何者だ?」

 乱入者の顔は半ば見えない。額から頬まで、鴉を模したとおぼしき黒い仮面で覆われている。
 ギン、と金属音がした。仮面の男がいきなり刀を振るい、悪漢の剣を叩き落としたのだ。

「名乗りもせぬ無礼者に教えてやるほど安い名は持ち合わせておらぬ」

 低く通る声で告げて、仮面の男は身を翻した。刀の柄でこめかみを打たれ、悪漢が声もなくくずおれた。
 仮面の男がゆめさきを見て、狂戦士の根ざしものを持つ彼を見た。ゆめさきも仮面の男のまなざしにつられて彼のほうを向き、悪漢が全員、片付いたことを確認した。
 彼は剣を鞘に納めながら、仮面の男に笑ってみせた。

「遅ぇんだよ。どうせ追い掛けてくるなら、もっと早く来りゃ楽しかったのに。なあ、お姫さん?」
「楽しいかどうかは別として、加勢があってくれたほうが心強いのは確かだわ。こいつら、人さらいよ。どうすればいいかしら?」

 仮面の男が刀をしまい、ついと背中を向け、壁際から布包みを拾ってきた。
 みつるぎ国に住む者は大判の布に荷をくるんで持ち歩くと、ゆめさきは聞いたことがある。黒髪に刀を持つ仮面の男は、その外見に違わず、みつるぎ国の出身なのだろう。

 仮面の男が布包みを解くと、手鎖がじゃらじゃらとこぼれ落ちた。青みがかった銀色に発光する手鎖は、犯罪者の根ざしものを封じる力が込められた特殊刑具だ。
 ゆめさきは眉をひそめた。

「そんなものをたくさん、なぜ持っているの?」
「衛兵から預かってきた。じきに彼らも役人を連れてこちらへ来る」

 答えながら、仮面の男は素早く手鎖を拾い、転がった悪漢を拘束する。狂戦士の彼も手伝い、倉庫の中の全員を戒めた。外の連中はすでに拘束したと、仮面の男が彼に告げる。彼は振り返り、場を仕切るようにポンと手を打った。
「じゃあ、行くぞ」

 ゆめさきは少し慌てた。
「ちょっと待って。この子たちを解放しないと」

「それは役人の仕事。ま、お姫さんは役人を手伝ってもいいけど、おれらは勘弁だな。役人と鉢合わせると厄介なんでね」
「あなたたち、何なの? 衛兵とつながりがあったり、役人とは顔を合わせたくなかったり」

 仮面の男が、ゆめさきの前に進み出た。艶やかに磨かれた木製の仮面の向こうから、理知的なまなざしが、ゆめさきを見つめている。

「ご覧のとおり、私たちは、みつるぎ国からの客分だ。本来ならば、このように勝手に動き回ること自体、望ましくない。国家の客分の顔を知る役人と会うことを避けたいのだ」
「なるほど。その点は、わたしも似たようなものだわ。ねえ、ここにつかまってる子どもたち、本当に助けてもらえるのね?」

「約束する。この倉庫の正面に停泊する船にも証拠があろう。それも含めて調査がおこなわれるはずだ」
「だったら安心ね。それじゃあ、行きましょ」

 ゆめさきは、倉庫の隅に転がされた麻袋を見やった。彼らの救出は衛兵や役人に任せることにする。かわいそうだが、あとしばらくの辛抱だ。
 狂戦士の彼を先頭に、仮面の男に背後を預け、ゆめさきは倉庫を走り出た。細い路地に飛び込んだとき、衛兵を引き連れた役人が大声をあげながら到着する気配があった。

「間一髪だったわ」
 つぶやいたゆめさきに、背負い袋の中のあらしが、キュイ、と鳴いて応えた。