あと三日で王都に至る予定の夕方、きよみずが突如、休憩所の食堂に現れた。むろん、体ごとここまでやって来たわけではなく、根ざしものの力を使ってのことだ。
 きよみずは慌てていた。

〈おねえさま、露見してしまいました!〉
 何が、と問うまでもない。ゆめさきが身代わり人形を置いて宮廷を抜け出したことである。ゆめさきは肩をすくめた。
「あら、惜しかったわね。あと三日で完全にだまし通せたのに」

〈わたくし、どうすればいいでしょう? ずっと身代わり人形の演技に付き合ってまいりましたから、言い逃れできませんわ。先ほど追及されかけたときは、驚いて気を失ったふりをしておきましたけれど〉

「きよみずもやるわね」
〈おねえさまったら〉
「そうねぇ、きよみずは、わたしに脅されて口裏を合わせたことにしておいて。人質を取られて、命令を聞かざるを得なかったことにするの」

 人質と言いながら、ゆめさきは、ちしおを見やった。
 ちしおはまだ右腕を動かせず、片腕でできないことがあれば、もちづきが目ざとく気付いて手伝っている。その甲斐あってか、ちしおは、最近では少し素直な態度も見せるようになった。口の利き方は相変わらずだが。

「黙って人質になるほど甘ちゃんじゃないんだけど」
「じゃあ、ちしおは、きよみずをネタにして脅されたことにすればいいわ。わたしの護衛に付かなかったら、きよみずをいじめるって言われて、泣く泣くついて来たの。そういうことでいいでしょ?」
「説得力あるね。いろんな意味で」

 きよみずによると、先ほど近衛兵たちが王都に散って情報収集をし、旅人たちからの証言で、ゆめさきが合計四人で北へ向かったことを突き止めた。袋銀竜の生態を知る国王が、あらしの見送りという、ゆめさきの目的を正確に言い当てたそうだ。

 ふぶきが話に割り込んできた。
「ぼくが姫と一緒に行動していることは、もうバレていますか?」
〈ふぶきさまに関しては、バレておりますわ。ひよどり村が竜の谷の入口ですから、ふぶきさまが道案内をなさったに違いないと〉

「バレないはずがありませんね」
〈残りのお二人については、中途半端な噂話だけです。みつるぎ国の皇子殿下がご一緒だという噂もありますけれど、みつるぎ国大使館がそれを否定なさいました。加えて、皇子殿下の直筆の詩も、絶えずおねえさま宛てに届いておりますから〉

 きらぼしが奇妙そうに顔をしかめ、もちづきが仮面からのぞく口元に優雅な笑みを浮かべた。
「手抜かりはございませぬ。書類も詩も人材も言い訳も、準備できることはすべて準備しておきました」

 婚礼までの二ヶ月間、婿入りする皇子は、あさぎり国の法やしきたりに従う旨を誓約する各種文書を王家に送り、妻となる姫に愛を詠んだ詩を贈るのが慣例である。二ヶ月かけてちまちまとやるべき仕事を、もちづきはすでに全部、片付けておいたのだという。

 きらぼしが呆れ顔をした。
「いつの間にそこまでやったんだよ? こうなることがわかってたってことか?」
「きらぼしといれば不測の事態に巻き込まれるのが常だと、この十年間で身に染みているのでな。こういうわけなので、姫、我々は建前上、王都から出ておらぬことになっております。ゆえに申し訳ありませぬが、王都への入城はご一緒することができませぬ」

 ゆめさきはうなずいた。
「うん、わかったわ。ここまで一緒にいてくれて本当にありがとう。上手に変装して、王都に忍び込んでちょうだい。わたしもうまくやるわ。ふぶき、人形戦士を使うわよ」

 ゆめさきはふぶきに指示し、人形戦士のうち一体、いちばん暗い色の髪を持つ珊瑚《マルジャーン》を人間の等身大に起動させた。残りの二体は紐でぐるぐる巻きにし、人質として、ゆめさきが取り上げる。ちしおの目立つ赤毛には黒い布を巻き、ひらひらと長く余らせた。
 きよみずが目をしばたたかせ、ゆめさきの作戦を確認した。

〈ふぶきさまはお人形を人質に取られて、おねえさまに従わざるを得なかった、という筋書きですね。わたくしは、ちしおを人質に。ちしおは、わたくしを人質に。みつるぎ国の剣士かと思われた黒髪の正体は、人形戦士の暗い色の髪と、ちしおの頭に巻いた黒い布〉

「そういうこと。騒動を仕組んだのは全部わたしで、悪いのも全部わたし。きよみずも、ふぶきも、ちしおも、ちゃんと役割を演じてね。わたしが全部どうにかしてみせるから」