十人の屈強な男たちも、ゆめさきと彼の敵ではなかった。
 力任せに振り回される戦斧をかわしざま、ふところに飛び込んで、みぞおちに肘を突き入れる。ぎらつくナイフを剣で受け流し、勢い余る巨漢の頭を踏み台に跳び上がり、後続の男の横っ面を蹴り飛ばす。
 あっという間に、十人の男たちは石畳の上に昏倒した。ゆめさきは腰の鞘に剣をしまった。

「口ほどにもないわね。いくら腕力が強いからって、考えなしに武器を振るうだけじゃ勝てないのよ」

 抜き身の刀を提げたままの彼は、くつくつと喉の奥で楽しげに笑った。
「お姫さんのくせに度胸あるんだな。こういうことは慣れてるのか?」
「まさか。初めての経験よ。真夜中の下町に繰り出したら、こんなワクワクすることに出会えるのね」

「おい、ワクワクって、さすがにそれはねぇだろうが。今のだって、おれの根ざしものを使ったから簡単だっただけで」
「ああっ、そうだわ、根ざしもの! あなたね、初対面の女性の腕をつかんで抱き寄せた上に唇にキスするだなんて、一体どういう教育を受けてきたのよ!」

 ゆめさきの頬に、カッと熱が上った。状況が状況だけにちょっと棚に上げておいたが、我に返ってみれば、やっぱり大問題である。初めてのキスについて思い描いていた幻想が、あの一瞬でぶち壊されてしまったのだ。
 ゆめさきの剣幕に押されるように、彼は軽くのけぞって、視線をさまよわせた。

 改めて見るに、彼は美男子だ。滑らかな額からスッとした鼻筋までの形も、何かを言いたげな格好の薄い唇も、精密に計算して配置されたように整っている。星明かりを映しそうに艶やかな黒髪がまた、凛と引き締まった美貌を際立たせる。
 彼の唇が動きかけた。薄いせいで冷たげに見えるその唇が、その実、もちもちとして温かかったことを、ゆめさきはハッキリと覚えている。

 と、扉が開きっぱなしの倉庫から、せわしない足音が聞こえた。
 ゆめさきはとっさに剣を抜き、彼はすかさず地を蹴った。倉庫から飛び出してきた男が、驚愕の顔で固まる。刀の柄で相手を殴り飛ばしながら、彼が吠えた。

「まだいやがったか! あんたらで最後か!」

 ゆめさきは火照った頬を軽く叩いた。キスの件は仕方ない。またしても休戦だが、後でしっかりとっちめよう。ゆめさきは彼に駆け寄り、倉庫の入口に立った。

 倉庫の中はガランとして、積み置かれているはずの材木は見当たらない。その代わり、屈強な男が三人と着飾った男が一人、驚きとも怒りとも怯えともつかない表情で立ち尽くしている。

「テ、テメェら、何だ? こ、ここは、ガキが勝手に入っていい場所じゃねぇぞ!」

 ここにいるのは男四人だけ、ではない。ゆめさきは、倉庫の隅に転がされた三つの麻袋が動くのを見た。袋の口からわずかに飛び出しているのは、髪の毛に違いない。ゆめさきはピンときた。

「想像した以上に悪党みたいね。下町を所管する衛兵に聞いたことがあるわ。子どもをさらって売り飛ばす事件が、この二月の間に何件も起こってるって」

 男たちの顔色が変わった。恐怖に染まった者と殺気に染まった者がいる。ゆめさきの直感は正しかったようだ。ゆめさきの隣で、彼がスッと目を細めた。気迫が研ぎ澄まされる。

「あんたらの取引の荷車から、子どもの声が聞こえた気がした。材木を積んでる割にゃ軽そうな音で走ってたしな。追ってみて正解だった」
「あら、そんな大捕り物の途中だったなら、最初からそう言ってよね」