山中の夜はキラキラしている。目に映るものも、耳に届くものも。
 虫の鳴く音と水の湧く音、梟の声と木々のざわめきに誘われて帳幕《ユルタ》から出て、ゆめさきは、光の群れに目を奪われた。
 空の星が輝いている。崖のヒカリゴケが輝いている。夜更かしの蛍が輝いている。いろんな光を映し込んで、泉の水が輝いている。

 しっとりと涼しい夜風に黄金色の髪を遊ばせながら、ゆめさきは、夜の世界に聞き惚れ、見惚れていた。水の匂いが甘い。
 いくらもしないうちに、土を踏む音が、ゆめさきの注意を引いた。ゆめさきは振り返った。

「きらぼし」
 普段とは印象が違った。きらぼしは、むらくも族の内着を夜着として身にまとうだけの、きわめて簡素な格好だった。いつも高い位置でくくられる髪は、襟足で緩くまとめられている。

 そういえば自分も似たようなものだと、ゆめさきは慌てた。夏用のアンダードレスは袖がなく、胸元が大きく開き、裾も短い。髪もほどいている。ここまで砕けた姿は、寝室で休む前、鏡の中に自分にしか見せない。ほいほいと外に出てよいものではなかった。
 ゆめさきは自分自身を抱きしめるようにして、あられもない格好を隠そうとした。きらぼしもそれに気付いたようで、明後日のほうへ目を泳がせた。

「眠れないのか?」
「ええ、ちょっとね。きらぼしは?」
「足音がしたから起きた」
「わたしのせい? ごめんなさい」
「いや、もともと眠りが浅かったみたいだ。いろいろ引っ掛かってるからな」
「きよみずの生い立ちのこと?」

 黒髪を揺らして、きらぼしはうなずいた。きよみずが姿を見せている間、きらぼしは沈黙していた。その理由を、ようやく今になって吐き出した。

「きよみず姫がおれの妹に似てて、苦しくなった。十四歳って言ってたろ? おれの唯一の同腹の妹も十四で、この間、嫁いだ。でも、最初からうまくいってなくて、夫が浮気相手のところに入りびたってるんだと」
「まだ幼いのに、気の毒だわ。世界じゅうどこにでもある話だからといって、平気で浮気をしたり側室を囲ったりする人は、わたし、理解できないし許せない。夫となる人には絶対、愛人をつくらせないわ。そんなことしたら、出てってもらう」

 きらぼしが低く柔らかい声で笑った。
 ゆめさきはドキリとした。いつも明るく元気な声で笑うきらぼしが、しっとりと涼しい夜に似合う、そんな笑い方をしたせいだ。
 きらぼしは、顔に掛かる黒髪を掻き上げた。その何気ない動きに、ゆめさきは惹き付けられた。きらぼしはゆめさきのまなざしに気付いているのか、いないのか。

「ゆめさきは、イヤなものはイヤだと言える立場だろ。おれの妹は、親父にとって十何番目かの娘に過ぎなくて、立場なんかあったもんじゃない。きよみず姫もそう。あの子らみたいに人生の中であまりにも負け越してると、心を表に出せなくなる。かわいそうだよ」

「わたしの立場が強いというなら、何も言えない立場の人たちのこと、できるだけたくさん見付けてあげたい。彼らの代わりに、わたしが言ってあげたい」
「立派な志だな」

「でもね、思ってるばっかりなの。全然、見付けられない。わたしは目も心も曇ってるのよ。わがままだらけで生きてきたから、自分のことしか頭にない。ううん、それも違うわね。自分のことすらちゃんとわかってなくて、ほかの誰かのことがわかるはずもなくて」