きよみずはスカートを握りしめ、ひっきりなしに大粒の涙を流して叫んだ。きよみずが泣くところも大声を上げるところも、ゆめさきは今まで見たことがない。ゆめさきの腕の中で、あらしがキョトンとしている。

 ちしおがジタバタして、無理やり体を起こした。
「きよ、ごめん。何の役にも立てなくて。やっと、きよのために働けると思ったのに結局このざまで、ほんとにごめん」

 違う違うとかぶりを振って、きよみずは、顔を覆ってへたり込んだ。
〈ちしおは悪くない。役に立つとか立たないとか、関係ないの。教会の孤児院なんかにいないで、子どものころみたいに、わたくしのそばにいてくれたらそれでいいのに……国王陛下がわたくしから全部、大事な友達まで全部、取り上げた〉

「きよ、だって、身分が違いすぎるんだよ? 伯爵さまだって難しい顔をしてた。しかも今のきよは伯爵令嬢じゃなくて、お姫さまだ」
〈好きでお姫さまになったわけじゃないわ!〉

 後は言葉にならなかった。きよみずは泣いて泣いて泣いて、ただ泣き続けた。
 きらぼしが、ちしおの足を縛る縄を解いた。ちしおはふらつきながら、きよみずに歩み寄って、泣きじゃくる姿を見つめた。

 ゆめさきは、あらしを床に下ろした。あらしは、きよみずから目をそらさず、ちしおの隣へ歩いていって背伸びをし、小さな手を掲げた。きよみずの肩のあたりに触れようとして、スカッと空振りする。あらしは困った目をして、キュイ、と喉を鳴らした。

 声に気付いたのか、きよみずが涙でいっぱいの目を上げた。
〈あらしが、こんなに近くに……〉

 きよみずの白い手が、あらしに触れようとして動く。むろん、今のきよみずは、夢の中の幻に過ぎない。あらしが差し出す手は再び空振りし、きよみずは悔しそうにうつむいた。

〈あらしと仲良くなりたかったの。美しい生き物だと思った。かわいらしくて、元気いっぱいで、無邪気で。それなのに、あらしは、わたくしにだけは近寄らなかった。あらしは正直者だからだわ。わたくしの醜い心が見えて、それを怖いと思ったのでしょう?〉

 あらしは、わしわしと手を動かし、きよみずに触れたそうにしている。何でさわれないの、と言わんばかりに、あらしはゆめさきを振り返った。
 ゆめさきは、あらしの頭を撫でた。ふさふさした銀色のたてがみが、指先に心地よい。

「ごめんね、きよみず。あらしは人見知りで、女の子と仲良くなるのは時間がかかるの。それに、きよみずが寝込んでいるときは動物を寝室に入れちゃいけないって、お医者さまに言われていたから、あらしをお見舞いに連れていけなかった」

 きよみず自身、そのあたりはわかっているはずだ。一瞬だけゆめさきを見た薄紅色の目は、すぐに伏せられた。
 あらしが前肢を床に下ろし、犬のように後肢を上げて、首筋を掻いた。ゆめさきはその後肢をつかんで掻くのをやめさせ、あらしを抱えて、きよみずの視界の中に押し込む。

「見て、きよみず。あらしの首の後ろに裂け目ができ始めているでしょう? もうすぐ脱皮が起こるのよ」
〈脱皮?〉

「あらしの種族、袋銀竜は十二年の周期で世界を旅する渡り竜なの。最初の十二年は、あらしを見ればわかるとおり、大きな翼を持たなくて飛べない。十二歳になって脱皮をして初めて、風をつかむ大きな翼を広げられる」

 ゆめさきは、きよみずの目をのぞき込んだ。ちしおの怪訝そうなまなざしが頬に刺さる。ゆめさきは言葉を重ねた。

「竜の脱皮は特殊なの。鱗もたてがみも皮と一緒に脱ぎ捨てて、内側から新しい姿で出てくる。袋銀竜の翼みたいに、脱皮する前と後で大きく形が変わる種もあるわ。まるで生まれ変わるみたいな脱皮だから、竜は不死だっていう伝説が生まれたんだって」

〈それが、何だというの?〉
「あらしが脱皮した後の鱗も毛も、きよみずに持って帰るわ。ちしおに、それがほしいって言ったんでしょ? あらしを連れて帰ることはできないけど、きよみずが美しいと誉めてくれた鱗は手元に残るから」

 きよみずが、また、顔を歪めた。
〈おねえさまのバカ。わたくしは、あらしと仲良くなりたかったの! 今さら、鱗だけだなんてそんなの……綺麗だけど、でも、わたくしはただ、友達が、ほしくて……〉

 あらしがジタバタして、ゆめさきの手を逃れた。泣き出したきよみずにオロオロしてキョロキョロし、馬に載せて運んできた荷物の中から林檎が転がっているのを見付ける。駆けていったあらしは、林檎を抱えて戻ってきて、きよみずに差し出した。
 きよみずは泣きながらその様子を見守っていた。あらしの林檎を受け取ろうと手を伸ばして、触れることができない。

 ゆめさきは胸が痛くなった。
「きっと仲良くなれたのに、ごめんね。きよみずの体のことが心配だったのは本当だけど、少しくらい、無理やわがままを通してみればよかったわね」

 きよみずは、かぶりを振った。
〈わたくしが何も言わなかったからです。いい子にしていなければ燃やされてしまうのではないかと、いつでも恐ろしくて〉

「わたしが守るから大丈夫よ。だから、きよみず、もっとわがままを言って。わたしにできることは何でも叶えるわ。きよみずの心を、もうこれ以上、傷付けたくない。きよみずには、できるだけ苦しまないでほしい」

 きよみずが目を上げた。まっすぐなまなざしは、ゆめさきの心の奥までものぞき込むかのようだった。
〈ちしおと一緒にいさせてください。子どものころの大切なものは、もう、ちしおしか残っていないの〉

 赤毛の少年がうつむいた。野生の獣のように光っていた黄金色の目からひどく柔らかそうな涙が落ちるのを、ゆめさきは見なかったことにした。

「わたしが帰ったら、二人で一緒に、おとうさまにお願いしに行きましょ。かわいい娘が二人がかりで攻撃するんだもの、絶対に認めてくれるはずよ」

 胸の前で拳を握ってみせると、きよみずがおずおずと微笑んで、ゆめさきと同じように拳を握った。二人の間で、林檎を放り出したあらしも、真似をして拳を握り、勇ましげにキュルルと鳴いた。