ゆめさきは、きよみずを見つめたまま動けなかった。あらしはゆめさきの後ろに隠れ、ちしおは目を伏せている。きらぼしとふぶきは、きよみずの根ざしものを目撃するのが初めてで、戸惑うような恐れるような沈黙を保った。

 もちづきだけが、きよみずへと微笑みかけ、胸に手を当てて礼をした。
「お久しゅうございます、きよみず姫殿下。お体の加減はいかがでしょうか?」

 場違いといえるほど穏やかな挨拶に、きよみずは長いまつげをしばたたかせた。
〈あら、もちづきさま。あの、いろいろと、ご災難でしたわね。もちづきさまこそ、お体のほうはいかがですの?〉

「ずいぶんと回復いたしました。私が伏せっている間、殿下は、幾度か枕元で様子を見てくださいましたね」
〈お気付きでしたのね〉

「お見苦しい姿をさらしてしまいました。はやぶさ砦の牢につながれていた折も、うっかり吐いた弱音をお耳に入れてしまったのではありませんか?」
〈弱音だなんておっしゃらないでくださいまし。あの場では、致し方ないことでした。わたくしは、なぐさめる言葉を掛けることもできず〉

 もちづきは、柔らかな仕草で、きよみずの言葉を制した。口元に笑みを浮かべたまま、ちしおを見やる。
「彼に道を示したのは、殿下だったのでしょう? おかげで全員が命拾いをして、砦から脱出することが叶いました。改めてお礼申し上げます」

 もちづきは頭を垂れた。きよみずは困惑し切っている。憎しみを背負ってこの場に姿を見せたのに、もちづきのせいで出鼻をくじかれた格好だ。
 面を上げ、もちづきは、ゆめさきに視線を向けた。

 ゆめさきは、もちづきが和らげた空気の中で冷静さを取り戻した自分に気付いた。もちづきにうなずいてみせ、ゆめさきはあらしを抱いて、きよみずの前に進み出た。

「ちしおから、わたしのことを好きだけど憎んでる人物から命令されて動いてるって聞いたとき、もしかしたらって思ったの。きよみずのことじゃないかって」
〈おねえさま〉

「ねえ、きよみず、正直な気持ちを聞かせて。きよみずが王家を憎む理由があるのはわかってる。それでも、わたしはあなたと、本当の姉妹のようでありたい。だから、本当のことを言ってほしいの。お願い」

 きよみずが、ゆめさきを見て、あらしを見た。きよみずの細い眉の両端が持ち上がり、小さな唇の両端が下がる。薄紅色の目が、淡く透けた幻の像であってもハッキリと、涙をこぼしそうに潤んだのが見て取れた。

〈おねえさまなんか嫌い〉

 小声でポツリと、きよみずは言った。ただ一言が、覚悟していたにもかかわらず、ゆめさきの胸に重くのしかかる。
「わたしのこと、嫌いなのね?」
 うなずいた拍子に、きよみずの両目から涙があふれた。涙と同じく、言葉もあふれて止まらなくなる。

〈嫌い! 大嫌い! おねえさまばっかり、何でも持っているから嫌いよ! 体が強くて、みんなに愛されて、両親がいて、その全部を奪われることなく幸せに生きている。わたくしはたくさん失ったのに!〉
「そう……そうなんだろうなって、ときどき思ってた」

〈嘘よ! おねえさまは鈍感で、わたくしがどんなに憎んでも呪っても、平気な顔をして笑っているの。その図々しさ、国王陛下と同じね。わたくしの母を手籠めにして、わたくしの父を殺して、ちしおを孤児にした、あさぎり国王陛下と同じだわ!〉
「気付いてたの。気付かないふりをしてただけ」

〈あなたはわたくしをバカにしているのよ。わたくしにはどうせ何もできないと思って、お城の奥に閉じ込めて、あなたひとりだけ、どこへでも行って何でも見ていろんな人に会って、その間わたくしがどんな思いでいるか、想像もつかないのでしょう!〉