死体兵士は次々と砂に変じた。人形戦士は片目が潰れ、片腕がもげた。

「これだけなの? ほかに誰もいないの?」
 ゆめさきのつぶやきが耳に届いたわけではないだろうが、すめらぎが狂ったように笑い出した。

〈皆、死んだ。胸の病に倒れて死んだ。戦えぬ身を恥じて、自ら命を絶った者もおる。ほら、今、珊瑚の戦士がほふった兵士、彼は最高の織り物職人だった。魂を込めて織った赤い帯を遺し、自ら志願して喉を突き、操り人形になった〉

 笑う声は、泣いているようにも聞こえた。悲痛な思念が、ゆめさきの精神に直接、飛び込んでくる。ゆめさきは歯を食いしばった。
「独りぼっちの王なんて意味がない。守るべき民がいてこその王なのに」

 ふぶきは淡々と三体の人形戦士を操り、むらくも族の装束をまとった死体兵士を無に帰していく。すめらぎは、消えていく死体兵士の名を呼んで、笑いながら泣いている。

〈ああ、むらくも族最高の薬師よ、おぬしのおかげで余は生き永らえている。安らかなれ。我が弟、死体の人形師よ、許してくれ。余は禁忌に手を染めた。人を殺して人形にするなど……ああ、狂気の所業よ!〉

 きらぼしが、すめらぎの人形戦士の脚を殴り付け、ついに巨大なそれをへし折った。人形戦士が仰向けに倒れる。きらぼしは人形戦士の腹の上に乗り、死体兵士の群れ越しに、孤独な王座に横たわる男を見据えた。

「まさに狂気の所業だな。こんな狂った暴れ方が、彼らに託された悲願だと言いてぇのか? 王族として、見過ごしておけねえ」
〈王族か。しかし、みつるぎ国の剣士よ、おぬしの国の皇子は阿呆だな〉
「何だと?」
〈寿命は伸ばせぬが苦しみは緩和できると、余の治癒を申し出た。あの男はどこまで甘いのだ?〉

「もちづきは生きてるんだな?」
〈生きて再会したいか? しかし、それは叶わぬ願いだな。なぜなら、おぬしがそこで死ぬからだ!〉

 すめらぎの淡紫の目が、業火のように激しく光った。
 きらぼしが身構えた。一瞬遅かった。
 倒れた人形戦士の胴が形を変えた。腹がパックリと割れ、食虫植物のように、きらぼしを挟んで閉じ込める。硬いものが折れる音がした。

「きらぼし!」
 ゆめさきは無我夢中だった。天井を蹴って、勢いよく落ちる。あらゆる力を載せた剣を、人形戦士の胸に叩き付ける。

 剣が折れ砕けた。人形戦士の胸郭が割れ、核がのぞく。ゆめさきは、折れた剣で核を打った。繰り返し打つ。
「きらぼしを離して!」

 数度目に、強い手応えがあった。核を破壊したのだ。
 人形戦士がビクリと震え、力を失って縮んだ。きらぼしが解放され、くずおれる。ゆめさきは慌てて抱き止めた。きらぼしが浅い呼吸の合間に、かすれ声で笑った。

「残念だったな、すめらぎ……まだ、おれは、生きてる。戦えるんだよ」
 きらぼしが、そっと、ゆめさきの手を叩いた。離してくれ、という意味だ。
「ダメよ、きらぼし。怪我が……」
 最後まで言わせてもらえなかった。

 全身に負った重傷が、きらぼしの根ざしものを極限まで引き出した。
 圧倒的な速さで駆けたきらぼしは、死体兵士の妨害を一瞬のうちにかいくぐり、すめらぎの王座に至る。きらぼしの手には、誰からか奪った剣があった。見事な細工の施された、むらくも族の剣が。

 すめらぎは穏やかな目をして、きらぼしを見上げた。きらぼしは、すめらぎの首に剣先を突き付けた。
 死体兵士が動きを止めた。広間が静まり返り、きらぼしのささやくような声が、ゆめさきの耳にも届いた。

「生きて敵国の裁きを受けるか、死んで臣民に許しを乞うか、どっちか選べ」
 すめらぎが、くしゃりと微笑んだ。
「王として死なせてくれ」
「祈れ。あんたの故郷の言葉で」

 すめらぎは、そっと目を閉じた。
 きらぼしが剣を振るった。

 わずか一瞬の出来事だった。すめらぎは苦しまなかっただろう。きらぼしが返り血を浴びるのと同時に、死体兵士がすべて砂になって消えた。