「あんたが、むらくも族の王か?」

 きらぼしの問いに、広間の奥の彼はうなずいた。そこだけが一段高く、鮮やかな敷布《キリム》が彼の体の下にのぞいている。彼はクッションに身を預け、ほとんど横たわった状態だった。

「いかにも。余がシャーの一族の長、すめらぎだ。招かれざる客どもよ、何用だ?」

 すめらぎの声は弱く、聞き取るのが難しい。むらくも族特有の銀髪は編まれておらず、二十代半ばではあろうが、ひどく痩せて生気がなかった。紙のように白い肌に、こけた頬だけが妙に赤い。
 病んでいると、ゆめさきは直感した。妹のきよみずが本当に具合が悪いとき、夢うつつに不吉な予言をつぶやきながら、あんな顔をしている。

 いや、病気だから何だというのか。ゆめさきはかぶりを振り、声を張り上げた。
「もちづきを返して! ひよどり村への損害も償ってもらいたい。王都のむらくも族と話をしたいなら、普通にそう言ってくれればいいの。彼らがあなたに従うかどうか、まずは彼らとの話し合い次第でしょ?」

 すめらぎが口を開いた。その口から出たのは、ゆめさきへの返答ではなく、ゴボゴボと湿った咳だ。すめらぎは口元を袖で覆い、ひとしきり咳き込んだ。袖が赤く汚れていく。

 ふぶきが顔をしかめた。
「労咳ですか? 北方の国ではずいぶん流行っているそうですが。だから時間がないと言っていたんですか?」

 すめらぎが顔を上げた。淡紫の目がギラギラと燃えている。
〈余に忠誠を誓い、その身を捧げよ! 拒むならば、許さぬ。おぬしらを殺し、その死体を操ってくれよう。余には目的があり、しかし時間がない〉

 思念の声は人形戦士の胸から発せられた。根ざしものの力を使うには、精神力と体力を消耗する。人形戦士を動かしながらでは、すめらぎは肉声でしゃべることができないのだろう。ゆめさきは哀れに思った。

「そんな体になってまで、戦いたいの?」
〈戦うことが目的ではない。取り戻すことだけが目的だ〉

 ふぶきが皮肉を込めて笑った。
「土地に縛られず、旅に生きるのがむらくも族です。ぼくは、あさぎり国という『旅先』に生まれた。むらくも族の平原は神話や伝説と同じようなもので、触れられないけれど、いつも魂のそばにある。この生き方を否定されたくはありませんね」

〈裏切り者め。ひよどり村の者も皆、同じだ。臆病な、嘆かわしい者たちよ〉
「意思を持つ生者が従わないから、死者にして操るんですか? あなたの考え方、やっぱり歪んでいますよ。不均衡は美しくない!」

 ふぶきの痛烈な批判と時を同じくして、瓦礫の一部が崩れ、向こう側からわらわらと兵士が現れた。生者ではなく死者の兵士だ。十体、二十体ではない。
 また同時に、巨大な人形戦士が動き出した。背をかばい合う格好のゆめさきたちへと、死体兵士も人形戦士も向かってくる。

「人形も死体も、すめらぎが一人で操っていたのね」
「王族ですからね。二つの根ざしものを持っていて当然です」
「何て数なの? 死体、百はいるでしょう?」
「シャーの一族だけあって、根ざしものの力がかなり強いようですね」