キュ、と、あらしが小さく鳴き、体を震わせた。怯えている。何に? と、ゆめさきが怪訝に思った瞬間、遠い柱の陰から二体、人形戦士が姿を見せた。

「きらぼし! また人形が出たわ! ふぶき! ふぶき、起きて!」

 ゆめさきの警告に、きらぼしと少年が互いに跳び離れた。相手に剣を向けた格好で、二体の人形戦士に視線を飛ばす。きらぼしは舌打ちした。

「おい、赤毛チビ、ひとまず休戦だ」
「チビって言ったな、この野郎!」
「文句なしにチビだろ」
「殺す!」

 不毛な舌戦は、音なき声によって断ち切られた。
〈下からも上からもネズミが侵入したか。我が悲願を妨げるならば、おぬしら、生きては帰さん〉

 人形戦士の一体が、両眼を強く光らせている。操り人形師、すめらぎの精神を搭載しているのだ。ゆめさきは、声を発する人形戦士を、赤くきらめく瞳でにらんだ。

「話は聞いたわ。あなたの名前、すめらぎ、というんでしょう? むらくも族のシャーの一族なのね。むらくも族の復興のために動こうという志は立派だけど、やり方がおかしいんじゃないの?」
〈黙れ、金髪。我らを虐げたあさぎり国の人民が、どの口で余の計画を批判する?〉

「その過去は認める。祖先が犯した罪を償えと言うなら、わたしは何でもするわ。でも、あなたが今やってることだって、理屈に合ってないでしょ。海の向こうのみつるぎ国は、むらくも族の平原の侵略には一度も関わっていないもの。もちづきを返して!」

 すめらぎは、即座には反論しなかった。ゆめさきは畳みかけた。
「ひよどり村をいじめたことも、意味がわからない。むらくも族は、物作りに大きな価値を置いていて、物を壊すことを忌み嫌うものでしょ? なのに、どうしてひよどり村の工房を壊したの? 人の命を奪ったの!」

 黙れ、と、思念の声が濁る。ザラザラと錆びたような声が広間いっぱいに轟いた。
〈おぬしらに指図されるいわれはない! 時間がない……時間がないのだ!〉

 カチリ。
 何か大きな歯車が噛み合う音がした。ゆめさきは反射的に身構えた。むらくも族の大掛かりな機巧を見知っているから、これが始まりの音だと直感した。

「気を付けて!」
 言い終わるか終わらぬかのうちに、変化が始まった。

 広間の床のあちこちに穴が空いた。ズン、と石材の落ちる音。さらにその周囲が雪崩を打って、ガラガラと落ち始める。
 どこが穿たれるか、予測がつかない。少年が崩落に巻き込まれ、悲鳴を上げながら埃の中に消える。

 ゆめさきはあらしを抱きしめ、天井まで浮上した。きらぼしが凄まじい速さで床を蹴って駆け、ふぶきを担ぎ上げる。
 もうもうと立ち込める埃で、それから先は見えなくなった。ゆめさきは目を閉じ、息を止めた。

 崩落の時間は、三十秒に満たなかっただろう。埃が薄れてくる。
 ゆめさきは目を開けた。

「きゃっ!」
 ゆめさきは、慌てて飛んで逃れた。先ほどよりも巨大化した人形戦士が、いつの間にか目の前にいたのだ。

 埃がおおよそ鎮まった。地下一階の床が落ち、二階ぶんが吹き抜けの広間が姿を現している。すめらぎが操る人形戦士が二体、両眼を冷たく光らせて、ゆめさきを見据えている。

「きらぼし、ふぶき! どこ?」
 叫んだゆめさきのほぼ真下で、ガラッと瓦礫が持ち上がった。床の残骸を次々と投げ飛ばして、まず、三体の人形戦士が姿を見せた。ふぶきの操り人形、水晶《ボルール》と珊瑚《マルジャーン》と真珠《モルヴァリッド》だ。

「一応、無事ですよ。間一髪でしたけど」
 埃まみれに汚れたふぶきが、壊れた弩を投げ捨て、足をかばいながら立ち上がった。その隣にはきらぼしがいて、左手を軽く振ってみせた。
「いい具合に傷が広がってくれてヤバいぜ。刀がどっか行っちまったが、今なら素手で十分かもしれねぇな」

 ホッと微笑んだゆめさきの視界に、赤い色がよぎった。目を留めると、赤毛の少年が、覆いかぶさる瓦礫を蹴飛ばしたところだ。しかし、様子がおかしい。蒼白な顔を歪め、立ち上がれずにいる。少年の右腕が赤い。剣ではなく、細い腕が血に染まって赤い。

 少年がゆめさきをにらんだ。
「くそ、殺すなら殺せよ! 右肩が折れた。こんなんじゃ暗器も出せない」
「バカなこと言ってないで、隙を見て逃げなさい。死にたいわけじゃないんでしょ」

 きらぼしとふぶきは、少年とは別のほうを向いていた。きらぼしがゆめさきを呼び、ゆめさきは彼のそばに降り立つ。そして、出会いたかった人物と対面した。