動いたのは、ふぶきだった。弩の照準を少年に合わせ、引き金に指を触れる。
 少年が低く跳ぶ。柱の陰から陰へ。きらぼしが追う。速度が足りない。ふぶきはなおも少年に弩の狙いを定めている。

「遅いッ」
 少年の声が響いた。

 弦音に似た、しかしそれより大きく、くぐもった音がした。少年が、ふぶきに口づけそうなほどの至近距離に立っている。後ろ手にした赤い剣が、ふぶきの弩を破砕している。

 ふぶきが気圧されて後ずさる。少年が笑う。
「蹴りやすい距離まで下がってくれてありがと」
 しなう脚が、ふぶきを撥ね飛ばした。ふぶきは柱に激突し、そのまま沈黙する。

「ふぶき!」
 ゆめさきは悲鳴をあげた。少年がゆめさきに笑いかける。剣を向けられてようやく、ゆめさきは自分が剣を抜いていないことに気付く。

 赤い刃をきらめかせ、少年が床を蹴った。
 何もできない。ゆめさきは咄嗟に目を閉じた。
 刃が打ち合わされて鳴った。

 目を開いたゆめさきの視界は、きらぼしの後ろ姿によって占められている。きらぼしがゆめさきをかばって飛び込んだのだ。

「下がってろ、ゆめさき」
 赤い剣を受け止めながら、きらぼしの体が震えている。
「きらぼし、左肩が」
 重い斬撃を完全には止められなかったのだ。きらぼしの左肩に赤い刃が食い込み、血があふれている。

「痛ぇじゃねぇかよ。鎖骨がイっちまった」
 狼が唸るように、きらぼしは低く笑った。
 力むあまりの震えが、いつしか収まっている。肩に食い込んでいた赤い剣が、じわじわと持ち上げられていく。

「あんた、何だよ? 化け物? 怪我したくせに、急に力が強くなった」
 少年がつぶやいて、滑るように後退した。きらぼしが左腕を回す。服に赤黒い染みが広がった。きらぼしは腰を落とし、刀を構え直した。

「助言しておく。おれを倒したけりゃ、一撃必殺を狙うこった。傷を負えば負うほど、おれは強くなる。そういう根ざしものなんだよ」
「ああ、聞いたことある。狂戦士ってやつだよね? でも、百聞は一見に如かずだな。聞いて想像してたより、だいぶトチ狂ってるね」
「そりゃどうも」
「助言どおり、一撃必殺といこうかな」

 少年がきらぼしに突進する。速い。きらぼしは動かない。金属のすれ合う音。きらぼしの刀が少年の斬撃を受け流す。少年の斬撃がかすめ、きらぼしの右腕に血の筋が弾けた。
 彼らがいつ剣を返したのか、ゆめさきには見えない。

 少年の打ち込みを、きらぼしが再び受け流す。黒髪が数本断たれ、頬に傷が走る。きらぼしが刺突を構え、繰り出す。少年は、かわしざまに剣をかち合わせる。鋭い音が鳴る。

 ゆめさきは後ずさった。彼らの戦いは桁違いだ。入っていけない。あらしを床に放すわけもいかない。
 倒れて動かないふぶきは、きらぼしと少年による激闘の向こう側にいる。柱を盾にして迂回し、ふぶきの様子を見に行かなければ。