地下一階は、上階とはまるで違った。階全体が一つの広間になっている。ただし、見通しがいいとは言えない。整然と立ち並ぶ太い柱が視界を阻んでいる。その上、天井もあまり高くない。
 唐突に、不吉な予感が、ゆめさきの背筋を這い上がった。あらし、と呼ぼうとした。その瞬間、ゴォッと、何か大きなものが動く気配がした。あらしが身をすくませる。

「まずい!」
 きらぼしが地を蹴る。ゆめさきも見た。

 天井に頭をこする大きさの人形戦士が一体、あらしを狙って足を振り上げている。柱の陰に待ち伏せしていたのだ。あらしは動けない。きらぼしの刀も間に合わない。

 ドォン、と、重い音と震動。埃が舞う。
 ゆめさきは目を見張った。

「あんたたち、バカだろ?」
 鼻で笑う声がした。少し幼さを残した声には聞き覚えがある。

 きらぼしがあらしを拾い上げ、跳び下がった。埃が鎮まる。人形戦士が引っ繰り返っている。その胸の上に、右手を赤い剣に変じさせた赤毛の少年がいる。

 人形戦士の片足が、床から立った状態のまま、そこにある。あらしを踏もうとする寸前、少年が人形戦士の軸足を斬り払ったのだ。
 起き上がりかける人形戦士の胸に、少年は右腕を突き込んだ。肩までズブリと刺し入れると、核に到達したらしい。

「これが心臓かな?」
 つぶやいて、少年は、剣と化した腕で人形戦士の胸をえぐった。ビクンと人形戦士が打ち震え、かりそめの命を失って、見る間に縮んでいく。

 跳び離れて光景を見守った少年は、小さな木彫りの人形のもとに戻ってくると、無造作に足を振り下ろした。バキリと音を立てて人形が壊れた。
 赤毛の少年は、改めて、ゆめさきたちを見て口元だけを笑わせた。黄金色の目は笑ってなどおらず、燃えたぎるようにきらめいている。少年は右腕の赤い剣を、きらぼしへとまっすぐ突き付けた。

「久しぶり。とはいえ、けっこうずっと追い掛けてたんだよね。いつも四人一緒だったから狙う隙がなかったんだけど。みつるぎ国流の剣術は厄介だしね。今は三人。これくらいなら、まあ渡り合えるかな」

 ゆめさきは、きらぼしからあらしを受け取った。あらしは細かく震えている。少年の剣先がきらぼしから離れ、今度はゆめさきを指した。
 いや、違う。自分ではないと、ゆめさきは不意に悟った。

「あなた、あらしに何の用なの?」
 きらぼしとふぶきが眉をひそめて、ゆめさきを見る。少年は短く哄笑した。
「ああ、やっとわかったんだ? そういうことだよ。その竜がほしいんだ」

 ゆめさきの背中に冷たい汗が流れた。少年から吹き付ける殺気に当てられている。ゆめさきは、震えそうな体に力を込め、少年に言った。

「ふくろう町の北で悪党に襲われたとき、あなたが助けてくれたのは、あらしが危ない目に遭いかけたから。今回もそうよね。あらしを無事に手に入れるのがあなたの役目で、わたしたちが邪魔をするなら戦うことも辞さないというわけね?」

「だいたい合ってるけど、ちょっと違う」
「どこが違うというの?」

 少年が一歩、ゆめさきのほうへ踏み込んだ。たった一歩。けれど、殺気の圧力が段違いだ。彼の間合いに入ったのだ。退かなければ、まずい。わかっていながら、しかし、足がうまく動かない。
 いっそ楽しそうな顔で、少年は言った。

「手に入れたいのは、正確には竜の毛と鱗なんだよ。表面が無傷であれば、竜そのものは死んでていい。って言ったら、あんたたち、邪魔するよね? だから、竜より先にあんたたちを殺さなきゃと思ってて」
「あなた、何者なの? 誰に頼まれて、そんな……」

「教えてあげない。でも、こういう言い方ならしてもいいって許可されてる。『ゆめさき姫のことが大好きだけど憎んでもいる人物』って。だから、ゆめさき姫を怪我させても殺してもいいって。悲劇の姫のために思いっ切り泣いてあげるからって」

「わたしのことを好きで、憎んでる? 誰のこと? まさか」
 脳裏をよぎった人物に、ゆめさきは絶望を感じた。あらしがギュッと、ゆめさきにしがみ付く。

 きらぼしが刀を構え、ゆめさきと少年の間に割り込んだ。無造作とも乱暴とも呼べる動きに、少年はきらぼしの意図を読みそびれたのか、パッと跳んで間合いを空ける。
 次の瞬間、合図もなく戦闘が始まった。