砦の中は明るい。ランプを模した機巧の灯が壁面にずらりと連なり、煌々と廊下を照らしている。直角に折れる分岐ばかりの廊下を、あらしは迷わず進んでいく。

 きらぼしが軽口を叩いた。
「あらしに全部任せて、本当に大丈夫なのか?」
 ゆめさきはムッとして、きらぼしに指を突き付けた。

「あらしを見くびらないで。竜は、人間よりずっと感覚が鋭いのよ。あらしは熱を見ながら、かすかな風の動きを感じ取って、進むべき方向を決めてるの。それに渡り竜だから、方向感覚の勘も冴えてる。あらしは絶対に迷子にならないのよ」
「むきになるなよ。からかっただけじゃねぇか。しかし、おれたちは今、どこに向かって進んでんだ?」

「たぶんだけど、砦の中央部よ。砦の設計はたいてい、一階には部屋がほとんどなくて、代わりに迷路みたいな廊下になってるの。階段は、中央部には確実に設置されてるはず。兵士が詰めたり武器を置いたりする部屋は、上の階か地下にある」

 ふぶきが口を挟んだ。
「敵は地下にいる可能性が高そうですけどね。はやぶさ砦は崖の上に建ってますし、軍事の要衝だったにしては地上階があまりにも小さいでしょう。地下に設備を充実させる造りなんだと思いますよ」

 ほどなく、あらしが足を止めた。廊下が途切れている。行き止まりではなく、昇降機の扉のもとに至ったのだ。
 ここが迷路の終着点のようだった。昇降機はずいぶんと新しい。すめらぎたちが設置したのだろう。

 ふぶきが昇降機を操作しようとした。が、ボタンを押しても、昇降機はうんともすんとも言わない。ふぶきは首をかしげ、もう一度ボタンを押し、応答がないのを確認すると、腰に付けた道具袋からねじ回しを取り出して、操作盤の解体を始めた。

「おい、壊していいのか?」
「壊しませんよ。言うことを聞かせるだけです」

 ふぶきはいくつかのねじを外し、基盤を剥き出しにした。基盤は真新しいくろがねの板で、金文字の術式が記されている。ふぶきは髪を一本引き抜いた。懐から取り出した黒曜石を髪の毛で基盤にくくり付け、一言二言、何かを唱える。

 黒曜石がギラリと光った。反抗的な光だと、ゆめさきは感じた。キィンと、かすかな高音が耳の奥に突き刺さる。
 ふぶきはカッと目を見開き、叱り飛ばすように強く、また何かを唱えた。むらくも族の古語による、操り人形への命令だ。高音が鳴り、ふぶきが叱る。それが幾度か繰り返される。

 やがて、ギラギラと意地悪く光っていた黒曜石が、次第におとなしくなっていく。ふぶきは、甘やかといえるほど優しい声音で黒曜石に語りかけた。黒曜石はついに、ほんのりとした光を残して静かになった。基盤の金文字も、淡く発光する銀色に変じた。

 ふぶきはホッと息をつき、ゆめさきにもわかる大陸公用語で、黒曜石に命じた。
「昇降機をここへ」
 ゴゥン、と機械が動き出す。きらぼしがポカンと口を開けた。

「すげえ。反則だろ」
「他人の創作物を横取りする行為は、我ながら反則だとは思いますけど、今は細かいことを気にしている場合じゃないですから」

 ほどなく到着した昇降機に飛び乗って、一行は階を一つ降りた。扉が開き、あらしが真っ先に飛び出す。