振り回される反動で上下の感覚が消えた。放り投げられ、夕暮れ空に突っ込んでいきながら、もみくちゃだった平衡感覚が戻る。
 凄まじい風圧の中、ゆめさきは正面に向き直った。飛行眼鏡が顔に食い込み、ろくに息ができない。

 完成した投石機に、ふぶきが核を植え込んで対話し、照準を定めさせた。三人と一匹を対岸の砦へ投げることはできると、投石機はふぶきに伝えた。が、落下傘を開く余裕があるほど高くに投げられる自信はないとも言った。

 真下の崖の底に細い川が見えた。ぐんぐんと、はやぶさ砦が近付いてくる。放物線の頂点を過ぎた。この軌道なら大丈夫。確実に城壁の内側に突っ込める。
 ゆめさき、きらぼし、ふぶきの体は命綱でつながっている。あらしは、ゆめさきの背負い袋の中だ。ゆめさきは二本の命綱をつかんだ。その左腕の包帯には、十字に刻んだ傷の血がにじんでいる。

 旋回する模型の巨鳥を見据える。迎撃の気配はない。
 落下を体感する。城壁が迫る。命綱を強く引く。城壁上を越えた瞬間、ゆめさきは慣性を振り切って急上昇した。三人分の体重が、ガツンと、ゆめさきの全身に掛かる。

「ああぁぁぁぁっ!」
 叫んで、全力で持ち上げる。砦を見下ろす高さまで上って、一瞬の静止。

 無音の咆哮を聞いた。模型の巨鳥が突進してくる。正面から一羽、右から一羽。
 ふぶきが、まず動いた。左腕にくくり付けた弩を構え、バシンと音高く引き金を引く。飛び出す矢には、狩人の根ざしものの念がこもっている。右から来る一羽の翼に、違うことなく矢が刺さる。一撃を受けた巨鳥が崖下へ落ちていく。

 正面の巨鳥の突撃に、ゆめさきはガクンと高度を下げた。頭上すれすれを通過する巨鳥に、きらぼしが真下から刀を突き立て、引き抜いた。
 二、三秒の間、慣性で宙を滑った巨鳥は、小さな木彫りの人形へと姿を変え、落ちていく。きらぼしの刀に核を砕かれたのだ。

 ゆめさきの額からドッと汗が噴き出した。狂戦士の根ざしもので筋力を増しているとはいえ、男二人の体重を支えながら飛ぶのは簡単ではない。
「どこに下りればいい?」
 短く問うと、きらぼしが足下を指差した。
「どこでもいい。とりあえず、そのへん」

 ゆめさきは、ゆるゆると高度を下げた。やがて三人とも無事に地面を踏む。ゆめさきはホッとして、へたり込んだ。あらしが背負い袋をこじ開けて跳び出てきた。
 ふぶきが手早く、自分の命綱を解いた。

「落下傘が使えそうにないと投石機に言われたときは肝が冷えましたが、姫のおかげで助かりましたね。ありがとうございました」
「ううん。やっとちゃんと役に立ててよかった」

 ゆめさきは座ったまま、ふぶきを見上げて微笑んだ。ゆめさきの命綱の結び目を、あらしが前肢と口を使って解きほぐす。きらぼしは、抜きっぱなしの刀で命綱を断った。あらしが結び目をほどいたのを見ると、ゆめさきは立ち上がった。

「行きましょ。わたしたちが入り込んだこと、きっと、すめらぎはもう気付いてるわ」
「ああ。その扉から正面突破だ」

 きらぼしが刀を向ける先に、木製のいかめしい扉がそびえている。中には明かりがともっており、洩れ出る光の影から、扉に閂が掛かっているのがうかがえた。
 ふぶきがこともなげに言った。
「火薬で閂を吹き飛ばしましょう」

 ふぶきは扉の取っ手に火焔弾を仕掛けると、ゆめさきたちを大木の陰に避難させ、自分も十分に扉から離れて左腕の弩に矢を番えた。ただの矢ではない。矢柄には火薬を入れた細い筒が仕掛けられ、筒から導火線が伸びている。
 素早く火口に起こした火を導火線に移し、ふぶきは弩の矢を放った。狙い正しく、火を仕掛けた矢は火焔弾に命中する。くぐもった爆発音。煙が薄れると、分厚い扉は内向きに開いていた。