ゆめさきたちが村へ駆け下りるまで、五分とかからなかった。それでも遅すぎた。
〈余ではなく、異国の王を奉ずると申すか、愚か者どもが!〉
音なき声、思念による怒号が轟く。巨大な大理石の人形戦士が、掲げていた丸太を民家に振り下ろした。鉄で補強された丸太は、あっさりと、煉瓦造りの民家を押し潰す。
あたり一面、火薬の匂いがした。爆発によって焼け焦げたとおぼしき穴が、石畳の地面を穿っている。
「一体どうなってるのよ!」
飛び出そうとしたゆめさきは、ふぶきに腕を取られ、講堂の陰に引っ張り込まれた。あらしもいつの間にか、ふぶきに抱えられている。
「突っ込んでいくのはやめてくださいと言ったでしょう? あの化け物に正面から対抗するのはまずい」
「化け物って、人形戦士のこと?」
「人形を使っている人間のことです。あんな巨大なものを五体同時に操るのも、核に人形師自身の精神を乗せるのも、よほど強い力を持っているのでなければ不可能です。少なくとも、ぼくにはできません」
人形戦士は足を踏み鳴らし、城壁を壊して回る。ついでのように、講堂と広場の間にある建物を数回蹴って、瓦礫の山へと変じさせた。
ゆめさきの隣で、ふぶきが小声で罵った。
「くそ、よくも工房を!」
人々の悲鳴や怒声が聞こえてきた。土埃の中で目を凝らすと、工房だった瓦礫の向こうに鳥籠が見える。鳥を入れるにはあまりに大きな籠の中に、人々が囚われていた。
鳥籠の格子を叩きながら叫ぶ者がいる。
「壊さんでくれ! あんたがたもむらくも族なら、これ以上わしらの創ったものを壊さんでくれ! 壊すくらいなら、この身を傷付けろ! 焼いてくれていい!」
ふぶきの祖父だ。老いてなお手が震えることもなく、視力の衰えも感じさせない木彫り職人で、ひよどり村における一族のまとめ役である。
彼の隣で、むらくも族でない農夫たちの長が、同じく懇願している。
「わしらにできることは何でもする! だから奪わんでくれ! 家も畑も、むらくも族の工芸品も、もう奪わんでくれ! どうか、どうか、後生だから!」
籠の外に倒れた誰かは自分自身の血にまみれ、生きているのかどうかもわからない。家が二つ燃えている。戸口に転がる人影は炎に呑まれ、動かない。
不意に、あらしが顔を上げ、キュイッと鋭く鳴いた。あらしの視線をたどったゆめさきは、きらぼしを見付けた。
「嘘、きらぼし!」
長い長いきらびやかな赤い帯が、大蛇のように、きらぼしを捕らえている。きらぼしは、どうやら気を失っているらしい。
「傷を負うことなく拘束されたら、きらぼしさんは力が発揮できない。偶然でしょうが、最悪な条件で戦って敗れたんでしょうね」
「でも、きらぼしは一人じゃなかったはずよ。戦うときは、もちづきに背中を預けるはず。もちづきはどこ?」
ゆめさきの問いに答えたわけではあるまいが、先ほど轟いた思念の声が再び、ひよどり村に響き渡った。
〈もうよい。予定していた獲物の一つは手に入った。これがどの程度の価値を持つやら、交渉次第であろうか〉
広場の中央に立つ人形戦士が残り四体に号令し、拳を開いた。そこで初めて、握りしめられていたものの姿があらわになった。
「もちづき……」
〈余ではなく、異国の王を奉ずると申すか、愚か者どもが!〉
音なき声、思念による怒号が轟く。巨大な大理石の人形戦士が、掲げていた丸太を民家に振り下ろした。鉄で補強された丸太は、あっさりと、煉瓦造りの民家を押し潰す。
あたり一面、火薬の匂いがした。爆発によって焼け焦げたとおぼしき穴が、石畳の地面を穿っている。
「一体どうなってるのよ!」
飛び出そうとしたゆめさきは、ふぶきに腕を取られ、講堂の陰に引っ張り込まれた。あらしもいつの間にか、ふぶきに抱えられている。
「突っ込んでいくのはやめてくださいと言ったでしょう? あの化け物に正面から対抗するのはまずい」
「化け物って、人形戦士のこと?」
「人形を使っている人間のことです。あんな巨大なものを五体同時に操るのも、核に人形師自身の精神を乗せるのも、よほど強い力を持っているのでなければ不可能です。少なくとも、ぼくにはできません」
人形戦士は足を踏み鳴らし、城壁を壊して回る。ついでのように、講堂と広場の間にある建物を数回蹴って、瓦礫の山へと変じさせた。
ゆめさきの隣で、ふぶきが小声で罵った。
「くそ、よくも工房を!」
人々の悲鳴や怒声が聞こえてきた。土埃の中で目を凝らすと、工房だった瓦礫の向こうに鳥籠が見える。鳥を入れるにはあまりに大きな籠の中に、人々が囚われていた。
鳥籠の格子を叩きながら叫ぶ者がいる。
「壊さんでくれ! あんたがたもむらくも族なら、これ以上わしらの創ったものを壊さんでくれ! 壊すくらいなら、この身を傷付けろ! 焼いてくれていい!」
ふぶきの祖父だ。老いてなお手が震えることもなく、視力の衰えも感じさせない木彫り職人で、ひよどり村における一族のまとめ役である。
彼の隣で、むらくも族でない農夫たちの長が、同じく懇願している。
「わしらにできることは何でもする! だから奪わんでくれ! 家も畑も、むらくも族の工芸品も、もう奪わんでくれ! どうか、どうか、後生だから!」
籠の外に倒れた誰かは自分自身の血にまみれ、生きているのかどうかもわからない。家が二つ燃えている。戸口に転がる人影は炎に呑まれ、動かない。
不意に、あらしが顔を上げ、キュイッと鋭く鳴いた。あらしの視線をたどったゆめさきは、きらぼしを見付けた。
「嘘、きらぼし!」
長い長いきらびやかな赤い帯が、大蛇のように、きらぼしを捕らえている。きらぼしは、どうやら気を失っているらしい。
「傷を負うことなく拘束されたら、きらぼしさんは力が発揮できない。偶然でしょうが、最悪な条件で戦って敗れたんでしょうね」
「でも、きらぼしは一人じゃなかったはずよ。戦うときは、もちづきに背中を預けるはず。もちづきはどこ?」
ゆめさきの問いに答えたわけではあるまいが、先ほど轟いた思念の声が再び、ひよどり村に響き渡った。
〈もうよい。予定していた獲物の一つは手に入った。これがどの程度の価値を持つやら、交渉次第であろうか〉
広場の中央に立つ人形戦士が残り四体に号令し、拳を開いた。そこで初めて、握りしめられていたものの姿があらわになった。
「もちづき……」