ゆめさきは飛んできて、きよみずの顔をのぞき込んだ。

「血痕? もっとたくさんイヤなものを見なかった? 死体が転がってたんじゃない?」
〈いいえ、刃こぼれした剣や破れた布切れ、何かが落ちて壊れた残骸はありましたけれど、死体など見ておりませんわ〉

「変ね。悪党たちが戻ってきたにしても、ふくろう町の役人や衛兵が駆け付けたにしても、物的証拠を回収せずに死体だけ片付けるなんて。逆なら、むしろ考えられるのに。死体はどうしようもないけど、物は加工すれば売れるわ」

 半透明のきよみずが、それでもハッキリわかるくらい青ざめた。

〈おねえさま、あまり恐ろしいことをおっしゃらないで。危険なことにばかり首を突っ込まれては、わたくし、心配で〉
「ああ、ごめんね、きよみず。今のは忘れて。わたしなら大丈夫、危険なことはないわ。だって、もちづきたちが付いててくれるから。もちづきは剣が強いのよ。あらしのことも、ちゃんと守ってくれてる」

 きよみずは再び、もちづきを見やった。もちづきの腕の中で、あらしは安心し切って眠っている。

〈あらしに懐かれるなんて、うらやましゅうございますわ。わたくしがお城で暮らすようになって二年ほどになりますけれど、あらしはついに、わたくしには懐いてくれませんでした〉
「あらしは、綺麗な女の子の前では上がっちゃうのよ。それはさておき、ねえ、きよみず。わたしたちの無事を確認したところで、そろそろ体に戻って。きよみずが目を覚まさなかったら、父上たちが心配するわ」

〈ええ。そうですわね。そろそろ戻りますわ。でも、おねえさま、一つだけ〉
「何? また予知夢を見たの?」
〈はい。ハッキリとした像ではなかったのですけれど……はやぶさ、という名の砦をご存じですか?〉
「はやぶさ砦? わからない」

 きよみずは薄紅色の目に憂いをたたえ、柳眉をひそめた。
〈お気を付けください、おねえさま。はやぶさ砦と、砦を遠くに望む山がちの墓地が見えました。その場所で災厄が起こるかもしれません。避けられるようでしたら、その場所を避けてお通りくださいませ〉
「なるほど。ありがとう、きよみず」

 もちづきが、あ、と声を洩らした。
「きよみず殿下も王位継承権をお持ちなのですね。現を夢に見ることと、予知夢を見ること。二つの根ざしものをお持ちですから」

〈もちづきさま、確かにわたくしは王族の一員と数えられています。けれども、すぐに熱を出して寝込んでしまう体です。王位継承権なんて、とっくに放棄していますわ。だって、わたくしと正反対の、元気で自由なおねえさまがいますもの〉

 もちづきが、そっと笑った。
「きよみず殿下、正反対とおっしゃいますが、私は、お二人の心根は本質的によく似ておいでだと思います」
 えっ、と、二人の姫の声が重なった。ゆめさきは、きよみずと顔を見合わせた。

「もちづき、それってどういう意味? きよみずは、見てのとおり、こんなにおしとやかなのよ。わたしは王国始まって以来のおてんばと呼ばれていて」
「ですが、きよみず殿下はお心の中では冒険の旅を愛しておられる。根ざしものは、その者の本質を表し、未来を予告すると申します。きよみず殿下のお体は冒険に耐えられぬとしても、お体に縛られぬお心は、ゆめさき殿下のように自由に飛び回っていらっしゃる」

〈それがわたくしの本質であると……わたくしが自由な心の持ち主で、おねえさまと似ていると、おっしゃるのですか?〉
「私は間違うておりましょうか?」

 もちづきの柔らかな物腰に、きよみずが、花の開くように笑った。ゆめさきはハッとした。きよみずの心からの笑顔をずいぶん長いこと見ていなかったと、急に気が付いた。

〈ありがとうございます、もちづきさま。そのようにおっしゃってもらって、わたくし、嬉しゅうございますわ〉

 その声が、笑顔が、次第に淡くかすんでいく。きよみずの夢が、自室で眠る体へと戻っていくのだ。見守るゆめさきの目の前で、きよみずは、溶けるように消え失せた。