白くぼやけた輪郭が、次第に色を帯びてくる。長い金髪を持つ、水色のドレスをまとった少女だ。繊細なまつげに縁取られた目が開くと、薄紅色のまなざしがのぞいた。
 少女の顔立ちは美しく、そのたたずまいは儚い。顔も肩もひどく小さく、腕も体も折れそうなほどに華奢だ。抜けるように白い肌に、頬と唇だけが妙に火照って赤い。
 ゆっくりと、少女が周囲を見渡した。淡い燐光を発する全身は、ぼんやりと透き通っている。

 ゆめさきは慌てて立ち上がり、かげろうのような少女に駆け寄った。
「きよみず、どうしたの? また具合が悪くなったのね?」

 少女がゆめさきを見上げ、微笑んだ。
〈おねえさま。よかった、ご無事ですのね。あらしも、傷など負っていませんか?〉

「大丈夫よ。一緒に旅する仲間が助けてくれたから。それより、きよみず、あなたの体調よ。熱があるのね? 苦しくない?」
〈実は、わざと夜風に当たってみましたの。狙いどおり、熱が出ましたわ。朝から寝込んでおります。おかげでこうして、おねえさまを追い掛けてこられました〉
「もうっ! ダメよ、そんな無茶ばっかり」

〈無茶だなんて、おねえさまに言われたくありません。誉めていただきたいくらいですわ。わたくしが熱を出しておりますから、皆の注意はわたくしのほうに向いています。おねえさまがお城を抜け出しておられることには、まだ誰も気付いていません〉
「それは、ありがたいけど」

 咳払いが聞こえた。振り返ると、もちづきがあらしを腕に抱き、困惑した様子で立ち尽くしている。ゆめさきは一歩下がって、もちづきに、きよみずの姿を見せた。

「この子は、きよみず。わたしの妹よ。ああ、もちづき、ひざまずかなくていいから。あんまり動くと、あらしが起きちゃう」

 きよみずの薄紅色の目は、もちづきに釘付けになった。確かに、刺激の少ない宮廷に閉じこもってばかりのきよみずには、もちづきの姿はずいぶん異様に思えるかもしれない。もちづきは、みつるぎ国風の黒衣に黒い仮面を付け、髪は老人めいて白い。
 とはいえ、幽霊のように唐突に現れ、透けた体を持つきよみずのほうが、より異様である。しかし、もちづきは、紹介に預かった上は礼節を欠かすことなく、立位のままながら背筋の伸びた敬礼をした。

「お初にお目に掛かります。みつるぎ国より参りました、もちづきと申します。縁あって、ゆめさき姫殿下と旅をともにすることと相なりました。きよみず姫殿下には、宮廷にて改めて正式にお目通り願いとう存じます」

〈もちづきさま、そのようにご丁寧に……ありがとうございます。わたくしのほうこそ、部屋着のまま体も伴わぬ姿で、ごめんあそばせ〉
「お体を伴わぬお姿、ですか? 一体どういうご事情なのか、うかがってよろしゅうございますか?」

 きよみずはうなずき、音もなく空中を滑って、もちづきの目前に立った。きよみずの体は相変わらず透けており、足の先は床から浮いている。きよみずの半透明の体越しに、もちづきがピクリと一瞬震えるのが、ゆめさきの目に映った。

〈驚かせておりますわね。これがわたくしの根ざしものなのです。わたくしは、夢と現がひとつなぎになった場所で生きております。わたくしが熱を出して寝込むとき、その夢の中で、わたくしはこうして現の世界を飛び回ることができるのです〉
「では、きよみず殿下はそのお力を使って、こちらまで?」

〈ええ、王都の城壁を越え、姉の姿を探しながら街道沿いに飛んでまいりました。途中、ふくろう町を北に抜けたところでたくさんの血痕を見掛け、たいそう心配したのですけれど、皆さまはご無事のようで安心いたしましたわ〉