しかし、敵は数が多い。一対複数の場面が続けば、さすがのきらぼしたちも体力の消耗が激しい。次第に防戦一方となる。悪党の親玉とおぼしき男が怒鳴り散らした。
「仮面野郎を狙え! みつるぎの貴族だぞ! いや、ツラを見せねぇところからするに、皇子に違ぇねえ! 腕や脚の一、二本どうなったっていいが、殺すんじゃねぇぞ! 徹底的にかわいがった後、売っ払ってやる!」
きらぼしが盛大に舌打ちをした。閃いた刀の先端が、己の左の手のひらを突き破る。刀を引き抜いたきらぼしは、牙を剥くように笑い、左手からしたたる赤い血を舐めた。
「狂戦士を見くびるな。速さも強さも増したおれに、ついて来られるかな? 勢い余って殺しちまったら悪ぃな!」
言葉尻が消えぬ間に、肩を蹴られた悪党が仲間を巻き添えにして吹っ飛んだ。打撃を受けた肩関節から、あり得ない方向に腕が伸びている。絶叫する負傷者を踏み付けながら、その下敷きになった悪党どもの脚の腱を、きらぼしの刺突が断ち切った。
もちづきが冷たく笑う。
「私を狙うか。よかろう。どこからでも来るがよい」
ひらりひらりと舞うように、もちづきは華麗に身をかわす。自分から刀を振るわない。襲われれば引き付け、ギリギリのところで逃げてみせ、悪党どもを躍起にさせる。おとり役を自ら買って出たのだ。
もちづきを追い回す悪党どもの、がら空きになった背後から、三体の人形戦士が斬り付ける。感情のない人形戦士は容赦しない。命までは奪うな、という指示を守るだけだから、致命傷寸前の重傷を効率よく負わせていく。
見惚れるほどの戦いぶりだ。そう思ったゆめさきに、その瞬間、隙が生まれた。
「クソアマがぁぁぁっ!」
雄叫びがゆめさきの意識を貫いた。親玉の男が吠えながら突進してくる。
ゆめさきの体が震えて痺れた。あの声は根ざしものだ。いかにおてんばとはいえ、宮廷育ちのゆめさきは【罵声】など聞き慣れない。根ざしものの罵声が今、恐ろしくてたまらない。
立ち尽くすゆめさきの前に、あらしが、小さな体で飛び出した。
「待っ……!」
あらしをつかまえなければ。
体が鈍い。指先が、あらしに届かない。子犬のように小さなあらしが、吠える親玉へと飛び掛かる。
いや、飛び掛かろうとする寸前に、親玉の頭が消滅した。首を刎ね飛ばされたのだ。一瞬遅れて血が噴き出した。
倒れる巨体の向こうに、血潮のように赤い髪の小柄な少年が剣を提げて立っている。
少年は、冷たく光る黄金色の目で一同を睥睨した。
「その体、傷付いてもらっちゃ困るんでね。邪魔するやつは全部殺すよ」
少年が動いた。迷いもなく踏み込んで、一閃。転がる親玉の首に青ざめた下っ端悪党の胸に、少年の剣が突き立てられる。声もなくくずおれる死体を蹴って、少年は次の標的へ。
「だ、誰?」
ゆめさきは呆然とつぶやいた。
たった一人の小柄な少年によって、あまりにも簡単に悪党が狩り立てられていく。少年の剣を受けた者は、一人の例外もなく殺される。
ついに悪党の一人が悲鳴をあげ、逃げ出した。またたく間に恐怖心は伝播する。死傷した仲間も取り落とした武器も放ったまま、悪党どもは次々と戦線離脱した。
ふぶきが忌々しげにかぶりを振った。
「罪人は捕らえておきたいところですけど、仕方ありませんね。撃退できただけでも、よしとしなければ」
人形戦士が棒立ちになり、主の指示を待っている。その向こう側で、もちづきが息を切らしつつ首筋の汗を拭った。きらぼしの服は、自分の流した血か浴びた返り血か、点々と赤く汚れている。
ゆめさきは赤毛の少年を見上げた。いつの間にか座り込んでいる自分に気付く。あらしがゆめさきにすり寄った。
少年は乾いた目で、ゆめさきを見下ろした。この短時間の戦闘で、少年が手にした剣はボロボロに刃こぼれしている。
「鉄なんか、所詮この程度だ」
少年は剣を捨てた。黄金色の目の奥が光った。ゆめさきはゾッとした。何かが来る、とだけわかった。
キィン、と澄んだ音が鳴った。ひどく透明感のある金属音。
ゆめさきの目の前に、きらぼしの背中がある。守りの刀を握る手に、わなわなと震えが走っている。
「チビっこいくせに、どんだけ怪力なんだよ!」
「へえ、あんたの腕力も予想外だ」
軽やかに跳び下がる少年の右手に、赤々とした大剣がある。
ゆめさきは目を疑った。ふぶきが息を呑んだ。もちづきが油断なく身構えて駆け寄る。きらぼしが少年の正体を言い当てた。
「その腕、【暗器】ってやつか。ずいぶん珍しい根ざしものを持ってんだな。肉体の一部が武器になるだけじゃなく、その武器を振り回すとき限定で膂力も上がるってか」
「暗殺者、とでも名乗っておこうかな。暗器、つまり隠し武器と呼ぶには派手すぎる剣しか出せなくてね。見られたからには、全員、死んでもらいたいんだけど」
少年は、赤い大剣と化した右腕を軽く振って、ゆっくりと笑顔になった。八重歯がのぞき、目の大きな顔立ちがいっそう幼くなる。
きらぼしが、ゆめさきを守るように左腕を掲げた。
「さっきはおれたちに助太刀して、今度は皆殺し宣言。何が目的だ?」
「言うわけないじゃん」
「力ずくで口を割らせようか?」
「やめとこうよ。この人数で寄ってたかって攻撃されたら、こっちとしても全力になる。負ける気はしないけど、効率悪すぎるよね」
あっさりと、少年は跳び下がる。剣の間合いから、すでに遠い。
ゆめさきは立ち上がった。少年と目が合った。彼はもう一度、ニッコリと笑った。そして身を翻し、木立の向こうに消えた。
「わたし、彼をどこかで見たことがある気がする」
思い出そうと、頭をひねる。記憶は、しかし、すんなりと出てきてはくれなかった。
「仮面野郎を狙え! みつるぎの貴族だぞ! いや、ツラを見せねぇところからするに、皇子に違ぇねえ! 腕や脚の一、二本どうなったっていいが、殺すんじゃねぇぞ! 徹底的にかわいがった後、売っ払ってやる!」
きらぼしが盛大に舌打ちをした。閃いた刀の先端が、己の左の手のひらを突き破る。刀を引き抜いたきらぼしは、牙を剥くように笑い、左手からしたたる赤い血を舐めた。
「狂戦士を見くびるな。速さも強さも増したおれに、ついて来られるかな? 勢い余って殺しちまったら悪ぃな!」
言葉尻が消えぬ間に、肩を蹴られた悪党が仲間を巻き添えにして吹っ飛んだ。打撃を受けた肩関節から、あり得ない方向に腕が伸びている。絶叫する負傷者を踏み付けながら、その下敷きになった悪党どもの脚の腱を、きらぼしの刺突が断ち切った。
もちづきが冷たく笑う。
「私を狙うか。よかろう。どこからでも来るがよい」
ひらりひらりと舞うように、もちづきは華麗に身をかわす。自分から刀を振るわない。襲われれば引き付け、ギリギリのところで逃げてみせ、悪党どもを躍起にさせる。おとり役を自ら買って出たのだ。
もちづきを追い回す悪党どもの、がら空きになった背後から、三体の人形戦士が斬り付ける。感情のない人形戦士は容赦しない。命までは奪うな、という指示を守るだけだから、致命傷寸前の重傷を効率よく負わせていく。
見惚れるほどの戦いぶりだ。そう思ったゆめさきに、その瞬間、隙が生まれた。
「クソアマがぁぁぁっ!」
雄叫びがゆめさきの意識を貫いた。親玉の男が吠えながら突進してくる。
ゆめさきの体が震えて痺れた。あの声は根ざしものだ。いかにおてんばとはいえ、宮廷育ちのゆめさきは【罵声】など聞き慣れない。根ざしものの罵声が今、恐ろしくてたまらない。
立ち尽くすゆめさきの前に、あらしが、小さな体で飛び出した。
「待っ……!」
あらしをつかまえなければ。
体が鈍い。指先が、あらしに届かない。子犬のように小さなあらしが、吠える親玉へと飛び掛かる。
いや、飛び掛かろうとする寸前に、親玉の頭が消滅した。首を刎ね飛ばされたのだ。一瞬遅れて血が噴き出した。
倒れる巨体の向こうに、血潮のように赤い髪の小柄な少年が剣を提げて立っている。
少年は、冷たく光る黄金色の目で一同を睥睨した。
「その体、傷付いてもらっちゃ困るんでね。邪魔するやつは全部殺すよ」
少年が動いた。迷いもなく踏み込んで、一閃。転がる親玉の首に青ざめた下っ端悪党の胸に、少年の剣が突き立てられる。声もなくくずおれる死体を蹴って、少年は次の標的へ。
「だ、誰?」
ゆめさきは呆然とつぶやいた。
たった一人の小柄な少年によって、あまりにも簡単に悪党が狩り立てられていく。少年の剣を受けた者は、一人の例外もなく殺される。
ついに悪党の一人が悲鳴をあげ、逃げ出した。またたく間に恐怖心は伝播する。死傷した仲間も取り落とした武器も放ったまま、悪党どもは次々と戦線離脱した。
ふぶきが忌々しげにかぶりを振った。
「罪人は捕らえておきたいところですけど、仕方ありませんね。撃退できただけでも、よしとしなければ」
人形戦士が棒立ちになり、主の指示を待っている。その向こう側で、もちづきが息を切らしつつ首筋の汗を拭った。きらぼしの服は、自分の流した血か浴びた返り血か、点々と赤く汚れている。
ゆめさきは赤毛の少年を見上げた。いつの間にか座り込んでいる自分に気付く。あらしがゆめさきにすり寄った。
少年は乾いた目で、ゆめさきを見下ろした。この短時間の戦闘で、少年が手にした剣はボロボロに刃こぼれしている。
「鉄なんか、所詮この程度だ」
少年は剣を捨てた。黄金色の目の奥が光った。ゆめさきはゾッとした。何かが来る、とだけわかった。
キィン、と澄んだ音が鳴った。ひどく透明感のある金属音。
ゆめさきの目の前に、きらぼしの背中がある。守りの刀を握る手に、わなわなと震えが走っている。
「チビっこいくせに、どんだけ怪力なんだよ!」
「へえ、あんたの腕力も予想外だ」
軽やかに跳び下がる少年の右手に、赤々とした大剣がある。
ゆめさきは目を疑った。ふぶきが息を呑んだ。もちづきが油断なく身構えて駆け寄る。きらぼしが少年の正体を言い当てた。
「その腕、【暗器】ってやつか。ずいぶん珍しい根ざしものを持ってんだな。肉体の一部が武器になるだけじゃなく、その武器を振り回すとき限定で膂力も上がるってか」
「暗殺者、とでも名乗っておこうかな。暗器、つまり隠し武器と呼ぶには派手すぎる剣しか出せなくてね。見られたからには、全員、死んでもらいたいんだけど」
少年は、赤い大剣と化した右腕を軽く振って、ゆっくりと笑顔になった。八重歯がのぞき、目の大きな顔立ちがいっそう幼くなる。
きらぼしが、ゆめさきを守るように左腕を掲げた。
「さっきはおれたちに助太刀して、今度は皆殺し宣言。何が目的だ?」
「言うわけないじゃん」
「力ずくで口を割らせようか?」
「やめとこうよ。この人数で寄ってたかって攻撃されたら、こっちとしても全力になる。負ける気はしないけど、効率悪すぎるよね」
あっさりと、少年は跳び下がる。剣の間合いから、すでに遠い。
ゆめさきは立ち上がった。少年と目が合った。彼はもう一度、ニッコリと笑った。そして身を翻し、木立の向こうに消えた。
「わたし、彼をどこかで見たことがある気がする」
思い出そうと、頭をひねる。記憶は、しかし、すんなりと出てきてはくれなかった。