すみれは、ふくろう町の外れまで見送りに来てくれた。彼女に手を振って別れ、北の正門の役人に「内緒にしてね」と頼み込んで、ふくろう町を後にする。一行は、ふぶきの木馬にまたがった。

 街道をこれより先に進めば、およそ十里ごとに宿場町、二里おきに休憩所がある。休憩所は、掃除などの雑用もこなす護衛兵が駐在するだけで、旅人へのもてなしはなく、その代わり無料で利用できる。
 今晩はおそらく、二つか三つ行った先の休憩所で宿を取ることになるだろう。近隣の農夫が売りにくる肉や野菜やパンを買い、共同の炊事場でふぶきに料理をしてもらい、男女別々の大部屋で雑魚寝するのだ。

 これからの旅程を語るゆめさきの前に、不意に、きらぼしが制止の声を掛けた。
「止まれ。何かいる」
 ふぶきが馬から飛び降りた。
「この木馬は、歩くことしかできません。降りたほうがいいでしょう」

 きらぼしが、もちづきが、馬を降りて刀を抜いた。ゆめさきとあらしも地面に跳び下りる。
 ふぶきは、元来の大きさに戻した木馬を懐に収め、代わりに木製の人形を三体、取り出した。あらしがゆめさきの足下で身を硬くする。

 ゆめさきが身構えようとした瞬間、街道脇の低い木立から、わらわらと大勢の男が飛び出してきた。体の大きな者が多い。訓練された兵士の動きではなく、農夫や商人の肉付きでもない。
 あっという間に取り囲まれた。ふくろう町からも、すでに離れている。大声をあげても聞こえるまい。

 巨大な曲刀を提げたひときわ巨大な男が、目をギラギラさせて笑った。
「追い付いたぜぇ、クソガキども。仲間の商売を邪魔してくれやがってよぉ、落とし前つけてくれるんだろうな、オラァ!」

 どうやら昨晩の人さらいの仲間らしい。男たちが吠え、笑う。
 下卑た大声に、ゆめさきは我知らず肩を震わせた。背中合わせで四方に向かいながら、隣に立つきらぼしの左手がそっと、ゆめさきの右手に触れた。

「数が多いだけだ。たいしたことねえ」
 ささやく声に、ゆめさきはうなずいた。腰を落とし、剣を構える。大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。きらぼしの根ざしもの、狂戦士の膂力がこの体には宿っている。ともに戦う仲間もいる。

「負けないんだから」
 つぶやくゆめさきに、ふぶきの声が重なる。

「水晶《ボルール》、珊瑚《マルジャーン》、真珠《モルヴァリッド》、立ち上がって戦え。ただし、敵の命までは奪うな。さあ、蹴散らせ!」

 三体の小さな人形が光をまとい、くるりと宙返りをして降り立つと、ふぶきにどこか似た顔立ちの三人の戦士が、貴石の鎧に身を包み、貴石の剣を携えている。
 悪党どもの驚愕のざわめきに、ふぶきは笑い、サッと手を振るった。貴石の核を持つ三体の操り人形が、各々違った動きで悪党どもに斬りかかる。

 もちづきが気迫の声とともに地を蹴り、人形戦士に続いた。その背をかばう立ち位置で、きらぼしも乱戦に踏み込む。

 ゆめさきは、ふぶきと背中合わせだ。ふぶきは両手にナイフを構え、防御に徹する。ゆめさきはその背中を守る。足下であらしが縮こまっている。
 人形戦士が自ら暴れ回る間、そこに供給される動力は、ふぶきの精神力と体力だ。訓練を積んだふぶきが生半可なことで倒れることはないが、積極的に動き回ることはできない。

 きらぼしが刀を振るいながら指示を飛ばす。
「厄介な根ざしものを使うやつはいねえ! 肩か脚の腱を断て! 狙う余裕がなけりゃ、どてっ腹だ! 後が面倒くせぇから殺すなよ!」

 きらぼしの剣技は刺突が多い。それに対し、もちづきの剣は、斬り払う動きだ。斬の速さは鍛えられても、突は天性の速さがものを言う。みつるぎ国の二人の剣士のうちどちらが強いか、戦術から明白だった。

「ずいぶん強いんですね、あの人」
 ふぶきが冷静につぶやいた。あの人とは、むろん、きらぼしのことだ。

 人形戦士の攻撃をかいくぐった悪党が、ゆめさきとふぶきに斬りかかった。ふぶきのナイフより先に、ゆめさきの剣が唸る。悪党の剣はあっさりと折れ砕けた。ゆめさきは、唖然とした顔の悪党の急所に力いっぱい蹴りを入れる。

「ただの女の子だと思わないでね。今は並の男よりずっと力があるのよ」