昼食用にと用意された弁当は、すみれの手作りだった。ふかふかの温かいパンとハーブをまぶして焼いた鶏肉、井戸で冷やした果物。もちろん人数ぶんの水筒も忘れずに準備してある。
 荷を整えながら、ふぶきがすみれに微笑んだ。

「すみれさんには、たびたびこうしてお世話をかけますね。弁当、ありがとうございます」
「いえ、そんな、お世話ってほどのこともないよ。あたしにできるのは、お弁当をおいしいまま腐らせないことだけだから、せめてこれくらいはさせてもらわなくっちゃ」

 ふぶきに見つめられ、すみれは頬を染めている。きらぼしが全員ぶんの弁当をひょいと担いで、すみれに気さくな言葉を掛けた。

「弁当だけ、なんだな。あんたの根ざしもの。料理全部を腐らせないってわけじゃなくて、旅人に手渡す弁当だけは決して腐ることなく、いつ食べても、作り立てのままなんだ」

 すみれは眉尻を下げて笑った。
「料理全部を腐らせないくらい根ざしものの力が強いなら、あたしは今ごろ宿場町の食堂じゃなくて、お城の厨房で王さまたちのために働いてますよ」

 でも、と、ゆめさきは口を尖らせた。
「いくら根ざしものの力が強くても、料理の腕前とはまた別問題よ。お城の料理人の作るものは、何だか味気ないの。わたしは、すみれの料理のほうがずっと好き」

「ありがと、姫さま。それじゃあ、将来、姫さまが女王さまになったら、あたしをお城で雇ってくれる?」
「大歓迎よ。毎日すみれの料理が食べられるなら幸せだわ。遠出するときも、安心でおいしいお弁当が食べられるし」

 もちづきが思慮深げにつぶやいた。
「根ざしものの力が生まれつき強い者は、よい職に就きやすい。彼らが力を存分に発揮してくれるのであればよいが、職に就いた時点で満足し、生まれ持った力にあぐらをかき、鍛錬を怠る者も少なくない。それは、みつるぎ国だけの問題ではないのだな」

 おい、と、きらぼしが低く短くたしなめた。もちづきは、すまぬと言ってうつむいた。ゆめさきは二人に笑ってみせた。

「あさぎり国について、率直なことを言ってくれていいのよ。わたしも、もちづきと同じことを感じてる。宮廷に上がれる位階の貴族は、やっぱり根ざしものの力が強いけど、それを活かし切れてないのが現実ね。彼らはちょっとつまらない」

 ふぶきが眉間にしわを寄せた。
「姫、そんなにハッキリ言っては……」
「かまわないでしょ? 陰口じゃないもの。わたし、努力が足りない人には、面と向かってそう忠告してあげてるわ」

「彼らを不甲斐ないと考えるのもよくわかりますが、姫に面と向かって率直に言われる者の気持ちも考えてください」
「わたしはね、ふぶき、あなたは偉いと思ってるわ。持って生まれた根ざしものの力を少しも腐らせずに、努力や鍛錬を怠らないんだもの。ふぶきが作る細工物は大陸一。これはわたしの率直な気持ちよ」

 ふぶきは耳まで赤くなって黙り込んだ。人並み外れて器用なはずが、ずれてもいない帽子を直す手付きがぎこちない。
 そんな様子に、もちづきがかすかに口元を緩め、すぐにまたまじめな言葉を舌に乗せた。

「国家や人種が違えど、根ざしものに関する考え方や貴族たちの振る舞いは結局のところ、同じなのだな」
「そうみたいなのよね。わたしがきちんと知ってる異民族は、むらくも族だけなんだけど、遠い場所から流れてきた彼らも、あさぎり国の人々とよく似た考え方をするからおもしろいわ」

 今よりずっと昔、人が国を創り始めたころ、二つの根ざしものを持つ特別な者が王に選ばれた。根ざしものの力が強い者は貴族や将軍となり、それ以外の者たちを支配した。
 太古の時代に築かれた伝統は、現在にも脈々と伝わっている。王族は二つの根ざしものを持つし、貴族の根ざしものは力が強い傾向にある。

 人々の多くは、物心つくころにはすでに自分の根ざしものの正体に気付いていて、年齢を重ねながら自然と使いこなしていく。
 しかし、中には、自分の根ざしものの正体にハッキリとは気付けない者もいる。そうした彼らは、【人相見】という根ざしものを持つ者の世話になる。

 ゆめさきは改めて、あさぎり国における根ざしもののあり方を言葉にし、異国育ちの黒髪の二人に語り聞かせた。きらぼしが、よく動く眉を掲げた。

「人相見って、あさぎり国にもいるんだな」
「もちろんよ。相手の目をのぞき込んだり顔立ちを見たりするだけで、その根ざしものを言い当てる。ついでに、少し先の未来を予言できる人相見もいるわ。人々が自分にいちばん合う仕事を見付けるためにも、彼らの存在は重要なのよね」

「合う仕事、か。そのへんは、みつるぎ国と事情が違うな。おれらの国じゃ、職業の自由はない。家系代々の職業に合った根ざしものを持ってる人間が多いとはいえ、そうじゃないこともあるってのにな」

「自分に合わない職業に就かざるを得ない人がいるの? それって、非効率的よね。積もり積もったら、国全体の不利益になるんじゃないかしら」
「残念ながら、みつるぎ国は頑固一徹の懐古主義的なところがあってね。非効率や不利益より、体裁や建前が大事なのさ。な、もちづき」

 水を向けられ、もちづきは、唇を結んだまま首をかしげた。うなずこうかどうしようかと迷ったように見えた。