ふぶきが滔々と披露する知識を、もちづきは思慮深げにうなずいて聞いていた。話が一段落すると、改めて城壁を仰ぎ、仮面の奥の目で一行を順繰りに見やって小首をかしげた。
「して、これからいかにして城壁を越えるのだ?」
 ゆめさきは自信たっぷりに胸をそらした。
「またわたしが抱えて飛んであげる。このあたりは、警備兵にとって死角に当たるのよ。詰所になってる楼閣から遠いし、城壁の反対側には大きな木があって目隠しになるの」
 もちづきが軽くのけぞりつつ黙り込み、きらぼしが顔をしかめて口を開いた。
「そいつは却下だ」
「えっ、どうして?」
 きらぼしは両手を自分の胸の前に据え、膨らみを捧げ持つ格好をしてみせた。
「自覚を持て、お姫さん。あんたに抱えられるってことは、その意外とデカい胸を思いっ切り押し付けられるってことだ。そんなことされたら男がどんな気分になるか、ちっとは想像力を働かせろ」
「む、胸っ? えっ、で、でもあのっ」
「竜のあらしと違って、人間の男は十二にもなればガキじゃねぇんだぞ。ましてや、おれは十七、もちづきは十八、ふぶきも十八だろ? おれらの年頃の男ってのは、とにかく阿呆で単純なんだ。すぐそういう気分になっちまう。意味わかるよな?」
 きらぼしの頬が紅潮している。怒ったような表情と乱暴な口調は、照れのためか、恥じらいのせいか。などと観察しつつ、ゆめさきも火が出そうなほどに顔が熱い。
「そ、そんなの知らないわよ! 面と向かってそんないやらしいこと……ふ、ふぶきはいつもおとなしく運ばれてくれるのに!」
 火の粉を飛ばされ、ふぶきは、華奢で大きな手で顔を覆いながらそっぽを向いた。
「きらぼしさんのように直接的な言い方を、ぼくができるわけないでしょう!」
「どうして!」
「立場を考えてください! 恋人同士でない未婚の男女の間で、に、肉体に関する発言など、むらくも族は……だいたい、一国の王女に対して、そんな不敬な、む、むむ胸とか……」
「もうっ、ふぶきのバカ! 黙ってるほうがタチが悪いわよ!」
「で、ですから、ぼくは言えなくてっ」
「むっつりスケベ!」
 俗っぽい言い回しで罵られてとどめを刺され、ふぶきはしゃがみ込んで頭を抱えた。あらしが寄っていって、なぐさめるように鼻面をふぶきにくっ付ける。
 ゆめさきは両腕を胸の前で交差させ、身を守るように、ギュッと自分を抱きしめた。が、かえって悩ましげな格好になっている。しかも、夏用の男物のシャツは薄く、襟元が大きく開いて鎖骨がしっかりとのぞいた。
 きらぼしはゴクリと唾を呑んだ。ゆめさきの怒って潤んだ目が、男にますます妙な気を起こさせる。
 もちづきが咳払いをして、ゆめさきに提案した。
「ゆめさき姫さま、この際、城門を正々堂々と通ってはいかがでしょうか?」
「城門から? でも、これは秘密の旅なのよ?」
「存じております。ですが、宮廷には姫の身代わりがおり、秘密を隠す協力者もおられるのですよね?」
「そうよ。妹のきよみずが身代わり人形に付き添って、バレないように気を付けてくれてるわ」
「その甲斐あって、今のところ、姫が宮廷を脱したことは露見していないと思われます。追手が来る気配がありません。ですから開き直って、城門の役人に『秘密の旅だから誰にも言わないように』と命じてはいかがでしょう?」
「確かにそうね。父上たちがまだ大騒ぎしていないなら、わたしが勝手に王都を離れていても、いつものことって思われるだけだわ。秘密の旅だとか最初で最後の冒険だとか、勝手に気負っていたけど、その必要はないわね」
 ゆめさきはチラリと舌を出してみせた。もちづきは困ったように小さく首を振り、ふぶきは大きくため息をついた。赤面から回復したきらぼしだけは、ゆめさきに笑って応じた。
「本当に、聞きしに勝るおてんばぶりだな。あんたといると、飽きなくていい」
「光栄だわ」
 ゆめさきは優雅に一礼してみせた。ふぶきのため息が、今度は、もちづきのため息とピッタリ唱和して聞こえた。