梅雨の季節が終わり、蒸し暑い夏の日差しばかりが照りつける季節になった。

俺は手振り棒を肩に担ぎ、大通りに出る。

かぶった笠の隙間から、強い日差しが差し込んだ。

万屋のたぬき親父が、どこからかこの行列の通る通りを嗅ぎつけてきた。

そこへ行って日銭を稼いでこいとは、呆れて物も言えぬ。

戯れ言を戯れ言と知ってか知らずが、それでも素直に奴の話にのっている俺自身も、あの男と変わりないといえば変わりないのかもしれぬ。

通りの人混みは、きれいに左右に避けられていた。

行列の先導を勤める者が、それをかき分ける。

「徳川の姫さんの、花嫁行列だとよ」

「そりゃまぁさぞかし、立派なもんだろうねぇ」

誰もがそれを一目みようと、現れる行列を待っていた。

「立派なもんか、売られていくんだよ」

花嫁行列の先頭をゆく、飾り槍が見えた。

大規模な大名行列とは違う、ささやかな、だけど、きらびやかな行列だ。

髭やっこの人目を引こうとするくねくねとした独特の歩き方と、投げ合う槍の演武がのんびりと続く。

一度だけ、葉山の手引きで月星丸と会った。

万屋からの品物を届けに庭に入った。

回廊に現れたその姿に、俺は膝をつき頭を下げた。

「財政難に苦しむ松崎藩が、姫さんの持参金目当てにもらい受けるってよ。相手は家督を譲る一歩手前の、爺さんだって話しだ」

派手な着物に、漆塗りに金箔の先箱を持った従者が通り過ぎる。

「これでお上にとっちゃあ、奥の金食い虫を厄介払いできて」

「貧乏藩にも金が渡るってことか」

行列の雰囲気が変わった。

間もなくこの行列の本陣が現れる。

輿入れするお姫さまを乗せた輿の登場だ。

回廊を歩く、白い足袋だけを見ていた。

届けた品は何かは知らない。

あいつはそれを受け取ったのだろうか。

「どっちにしても、悪い話しじゃねぇんじゃねぇのか」

白い輿が現れる。

金箔の装飾がびっしりと施されたその輿は、ゆっくりと進んでゆく。

「きれいだねぇ」

その後ろには、姫に付き従う女中たちの行列が続いた。

みな真新しい、美しくきらびやかな衣装に身を包み、しとやかに歩む。

「だけどまぁお城の姫さんにしたって、奥に閉じ込められているよりかは、少しは自由に過ごせるだろうよ」

「一挙両得ってやつかい」

最後の挟箱と葛籠馬を見送って、行列は終わった。

「さぁ、行った行った。もうこれでお終いだよ」

前で話していた女が、俺を振り返った。

「おや、あんた笠を売ってるのかい?」

俺は自分の頭に乗った笠を、深くかぶり直す。

「だけどまぁ、そんな下手くそな笠を自分の頭にかぶってたんじゃあ、売れるものも売れないよ」

女は笑った。

俺は何も言わずにもう一度笠に手をかける。

あいつが初めて編んだ笠だから、これでいいんだ。

下ろしていた手振り棒を、もう一度肩に担ぐ。

俺はゆっくりと歩き始めた。


【完】