カイリの手が、おれの額に触れて、髪を撫でた。

「ユリトは色が白いね。髪も肌もきれい。まつげが長いから、ハルタとは目元の印象が違う。全体的に似てる顔だけど」
「兄弟だから似てるよ。目元は、おれが母親似。このまつげのせいで、小さいころ、よく女の子だと間違われてた。ユリ、って親がおれを呼ぶから、普通に勘違いされるよな」

「ユリトの顔、男の子の顔だと思うけど」
「ありがとう。そう言ってくれるのは、昔からハルタだけだった。おれが女の子に間違われるたびに怒ってたの、おれじゃなくてハルタだったんだ。だからあいつ、おれをユリって呼ぶのをやめて、兄貴って。それまで呼び捨てだったくせにさ」
「ハルタは、ユリトのこと大事なんだね。いいな。わたしは一人だから」

 カイリは父親のスバルさんとの二人暮らしで、学校でも中学生は一人だったみたいだ。おれの常識では考えられない環境のこの島で、カイリは何を思って生きてきたんだろう?
 急に、カイリのことを知りたくなった。ときどき寂しそうな顔をするのは、どうして? カイリはずっとこの島で暮らしていたい? どこか遠くに行きたいって考えたりしない? 違う自分になれたらって想像することはない?

「カイリは、一人はイヤ?」
「どうして訊くの?」
「訊いてみたいだけ。何ていうか、カイリは、おれの学校にいるような女子とはちょっと違う。不思議な雰囲気だよな」
「不思議かな?」

「静かなのに、暗いわけじゃなくて、自然体な感じで、嘘なんてつきそうになくて」
「そんなふうに見える? これでも、昔はにぎやかだったんだよ。それに、嘘はつかないけど、隠しごとはする」
「そりゃ、誰だって全部を人に見せるわけじゃないさ。隠しごとくらい、おれも……」

 いや、それ以前に、おれは嘘つきなんだろうけど。いい人のふりをしている。優等生の役を演じている。笑顔の仮面をかぶっている。
 演技がうまくなりすぎた。本当の自分の面影が見えなくなるときがある。まあ、別にいいか。このまま全部、子ども時代の自分なんて忘れてしまうほうが気楽だ。

「ユリトはどうして龍ノ里島に来たの?」
 カイリが、今さらなことを言い出した。おれが担任の田宮先生の紹介で龍ノ里島のスバルさんを訪ねることになったのは、カイリだってわかっているはずだ。
 でも、そうか。普通、ただの教え子に離島での夏休みなんか、勧めるわけがない。自分の後輩を伝手に、都会から遠く離れた辺境に行けだなんて。

「授業中に倒れて以来、担任の田宮先生がおれを気に掛けてくださってるんだ。進路の相談にしても、どこの高校や大学に行きたいかだけじゃなくて、もっとちゃんと将来のことを話し合って。そんな話の中で、スバルさんのことが出てきた」

 おれは将来、何になりたいのか。今、何に興味があるのか。子どものころ、何が好きだったか。
 自分自身の歴史を読み解くうちに、いちばん強く輝く存在に気が付いた。プラモートのシュトラール。勢いよく走る、小さな自動車模型。もっと速く走ってほしくて、一生懸命に調べた機械の仕組み。

 おれが夢中になれるのは、生徒会活動や部活のバスケじゃない。勉強するのが好きなのは、シュトラールのためにたくさんの知識を得ようと思ったあのころ、サイエンスをおもしろいと感じたからだ。

「先生は、好きなものに没頭して生きればいいって言った。でも正直、おれはその言葉に納得できない」
「どうして?」
「おれが田宮先生にしゃべったの、プラモートのことだよ。小学生のころにハマってたおもちゃの話だ。学校じゃ誰にも言えないくらい幼い趣味で、みんなとっくにそんなもの卒業してる」

「でも、ユリトは今も、シュトラールを大事に思ってるでしょ?」
「ダメなんだよ、こんなんじゃ。プラモートのことで頭がいっぱいだった小学生の自分から卒業しなきゃいけない。成長しなきゃいけない。実際、親も普通の先生方も、おれが大人みたいに振る舞うことを期待してる。田宮先生だけが違うことを言う」
「プラモートを好きなままでいいって?」
「うん。それで、おれが田宮先生の言葉に納得できないままでいたら、好きなものに没頭して生きてる人として、スバルさんを紹介された」

「だから、ここに来たの?」
「スバルさんという人と話すためと、自然の中で過ごすために、ちょっと行ってこいって言われた。ちょっとって場所でもないんだけど。田宮先生も、何度か龍ノ里島に来たことがあるらしい。島の生命力を分けてもらえるような場所だったって話してくれた」

 カイリが、そっと笑った。
「龍ノ里島の生命力。感じてくれる人が、都会にもいるんだ」
「おれも感じるよ。むしろ、都会に住んでるからこそ、この島に生命力があふれてるのを感じる。すごくキラキラした場所だな、って」
「ないものねだりだよ。この島をどんなにきれいだと感じたとしても、二十一世紀の人間が住むには、やっぱり不便だから」