「ユリトは、このマシンのこと、大事にしてたんだね」
染み入るように澄んだカイリの声が、耳の奥で熱を持つ。息をついて目を閉じたら、見栄が一つ、はがれて落ちた。
「笑ってくれてかまわないんだけど、おれはこいつのこと、ただのモノだと思ったことないんだ。親友で、相棒で、心も魂も命も持ってる。こいつはしゃべれないけど、どこをメンテしてほしいかって、おれには伝わってくる」
「この尾びれみたいな翼みたいな部分に書いてあるの、この子の名前?」
目を開けて、真正面にマシンをかざす。シャープな流線型のボディでも、ひときわ目を引くのは、大きなリヤウィング。そこに、銀色の文字で刻んである。
STRAHL《シュトラール》。
「うん、こいつの名前」
「何て読むの?」
「シュトラール。ドイツ語で、輝きっていう意味。プラモートとしての商品名は別にあるんだ。でも、おれとハルタは、わざわざ自分だけの名前を付けてて。変だろ?」
「変じゃないよ。シュトラールって、カッコいい名前だと思う」
カッコいいって、カイリの声で聞かされたら、おれの胸の奥が何だか勘違いした。ドキッとしてしまって、少し苦しい。
「名前、カッコいいとか、初めて言われた。まあ、こいつの名前を知ってるの、おれのほかにはハルタだけか。でも、ぬいぐるみに名前付けてる子どもみたいなもんだから、人には教えたことなくて」
「子どもでもいいんじゃない?」
「どうだろうな。おれはそういうとこ見栄っ張りだし、何かダサいかなって」
「もう走らせないの?」
「シャーシとチップが割れてからは、意味もなく眺めてるばっかりかな。いじるのが、怖くなっちゃって。必要以上に悲しい気持ちになりそうで、それがイヤで」
なあ、シュトラール。おまえ、走りたいか? いや、訊いてごめん。走りたいよな。おまえは走るために存在するんだから。
なんてね。呼び掛けても無駄かな。頭脳だったチップが壊れて、おまえはもう、おれのことわからないだろ? まあ、最初から機械に意識なんか存在しないんだろうけどさ、本当は。
シュトラールのモーター音をまた聞きたいとも思う。でも、もういいかなとも思う。子どもっぽい夢、このへんで終わらせようかな。プラモートに夢中になった子ども時代は、シュトラールのチップと一緒に割れて終わって、それでいいかな。
「走らせるの、楽しい?」
カイリの言葉に、ドクンと血潮が反応する。レースの興奮を記憶している体が、あるいは魂が、おれの口から正直な言葉を吐き出させた。
「楽しかった。ライバルに勝つのも嬉しかったけど、それ以上に、シュトラールがどんどん速くなることが嬉しかった。昨日の自分より今日の自分のほうが成長してるって実感できた。新しいセッティングを思い付く瞬間も、抑え切れないくらいワクワクして好きだった」
「楽しそう」
「スタートラインから走り出すときが、最高にドキドキするんだ。『レディー、ゴー!』で、レースが始まる。そこから先は、祈って応援して、シュトラールを信じるしかない。ちゃんと応えてくれるんだ。だから、こいつにも心があるって錯覚しちゃうよな」
小学生のころに入りびたっていた模型屋に行かなくなったのは、中学一年生の何月だっただろう? 覚えていない。
一年生の一学期からクラス委員を任されて、テストの成績もトップを維持していた。一目置かれる存在でいなければならないような気がした。小学生のままでいてはいけない。早く大人にならないといけない。そんなふうに、心が追い立てられた。
染み入るように澄んだカイリの声が、耳の奥で熱を持つ。息をついて目を閉じたら、見栄が一つ、はがれて落ちた。
「笑ってくれてかまわないんだけど、おれはこいつのこと、ただのモノだと思ったことないんだ。親友で、相棒で、心も魂も命も持ってる。こいつはしゃべれないけど、どこをメンテしてほしいかって、おれには伝わってくる」
「この尾びれみたいな翼みたいな部分に書いてあるの、この子の名前?」
目を開けて、真正面にマシンをかざす。シャープな流線型のボディでも、ひときわ目を引くのは、大きなリヤウィング。そこに、銀色の文字で刻んである。
STRAHL《シュトラール》。
「うん、こいつの名前」
「何て読むの?」
「シュトラール。ドイツ語で、輝きっていう意味。プラモートとしての商品名は別にあるんだ。でも、おれとハルタは、わざわざ自分だけの名前を付けてて。変だろ?」
「変じゃないよ。シュトラールって、カッコいい名前だと思う」
カッコいいって、カイリの声で聞かされたら、おれの胸の奥が何だか勘違いした。ドキッとしてしまって、少し苦しい。
「名前、カッコいいとか、初めて言われた。まあ、こいつの名前を知ってるの、おれのほかにはハルタだけか。でも、ぬいぐるみに名前付けてる子どもみたいなもんだから、人には教えたことなくて」
「子どもでもいいんじゃない?」
「どうだろうな。おれはそういうとこ見栄っ張りだし、何かダサいかなって」
「もう走らせないの?」
「シャーシとチップが割れてからは、意味もなく眺めてるばっかりかな。いじるのが、怖くなっちゃって。必要以上に悲しい気持ちになりそうで、それがイヤで」
なあ、シュトラール。おまえ、走りたいか? いや、訊いてごめん。走りたいよな。おまえは走るために存在するんだから。
なんてね。呼び掛けても無駄かな。頭脳だったチップが壊れて、おまえはもう、おれのことわからないだろ? まあ、最初から機械に意識なんか存在しないんだろうけどさ、本当は。
シュトラールのモーター音をまた聞きたいとも思う。でも、もういいかなとも思う。子どもっぽい夢、このへんで終わらせようかな。プラモートに夢中になった子ども時代は、シュトラールのチップと一緒に割れて終わって、それでいいかな。
「走らせるの、楽しい?」
カイリの言葉に、ドクンと血潮が反応する。レースの興奮を記憶している体が、あるいは魂が、おれの口から正直な言葉を吐き出させた。
「楽しかった。ライバルに勝つのも嬉しかったけど、それ以上に、シュトラールがどんどん速くなることが嬉しかった。昨日の自分より今日の自分のほうが成長してるって実感できた。新しいセッティングを思い付く瞬間も、抑え切れないくらいワクワクして好きだった」
「楽しそう」
「スタートラインから走り出すときが、最高にドキドキするんだ。『レディー、ゴー!』で、レースが始まる。そこから先は、祈って応援して、シュトラールを信じるしかない。ちゃんと応えてくれるんだ。だから、こいつにも心があるって錯覚しちゃうよな」
小学生のころに入りびたっていた模型屋に行かなくなったのは、中学一年生の何月だっただろう? 覚えていない。
一年生の一学期からクラス委員を任されて、テストの成績もトップを維持していた。一目置かれる存在でいなければならないような気がした。小学生のままでいてはいけない。早く大人にならないといけない。そんなふうに、心が追い立てられた。