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胃液で傷んだ喉に、パンに入っていたクルミが引っ掛かった。ザクリと裂けた感触。吐くと、パンのなれの果てと一緒に、血があふれてきた。
傷の痛みも血も、なかなか止まらなかった。食べたい、吐きたい、でも痛い。つばを飲み込むだけで、ひどく痛い。血の味が口のほうへ上がってくるのがキモチワルイ。
三日間くらい、イライラしながらも食べられなくて、鎮痛剤を飲みながら、じっと過食嘔吐について考えていた。
食べたい吐きたい。その狂った衝動を満たすために、かなりの金額をつぎ込んでいる。バイトで稼いだお金で食べ物を買って、それをトイレに捨てる毎日。食べなければ、お金はたまるのに。
吐いたものに含まれる消化液のせいなのか、便器には変な垢がこびり付いている。以前ネットで読んだ過食嘔吐の実話小説によると、その著者は、胃酸のせいで下水管がボロボロになるほど毎日吐いていたらしい。このマンションは大丈夫だろうか。
すぐ頭が痛くなるから、鎮痛剤はよく飲んでいた。残りが少なかったから、ドラッグストアに買い足しに行ったとき、睡眠導入剤を見付けた。使ってみようと思って、買った。
ついでに、ドラッグストアの食品コーナーに回ったとき、金髪でガリガリの女性がいた。食べ物をいっぱいに入れたカゴを、指輪だらけの手で持っている。中指の付け根に、吐きダコがある。あの人もわたしと同じだ。食べて吐いている。
でも、彼女のほうがわたしよりずっと細かった。一心不乱に食べ物を選んでカゴに入れている。たとえ声を掛けたとしても気付かないだろう、と感じた。常軌を逸した行動って、はたから見ると、あんなふうなんだ。
彼女の金髪の隙間から、たくさんのピアスが見えた。チラッとのぞいた手首には、真っ赤な傷のラインがびっしりとあった。
わたしはまだ、なまやさしい。それは安心感のような失望感のような、ぐちゃぐちゃした気持ちだった。わたしは彼女ほど壊れていないから、まだまともになれるかもしれない。わたしは彼女みたいにもなれない、中途半端な人間だ。
食べ物を買う気が失せた。どうせ喉も痛むし。代わりに、ピアスホールを開けるための道具を買った。部屋に帰って、衝動に任せて両耳に穴をうがった。ガシャン、と耳元で音がして、ズンズンと芯まで響く鈍痛が生まれた。あごのリンパがたちまち腫れた。
夜、眠れなくて寝返りを打って、耳の傷の痛みで跳ね起きた。傷口から血が染み出して髪にこびり付いていた。肩よりも長くなった髪は、毛先が荒れている。シャンプーを変えてみても髪質はよくならないし、フケも出ていた。
髪の主成分はタンパク質だ。頭皮もそう。健康な髪や頭皮を望むなら、動物や植物、いろんな食品由来のタンパク質をバランスよく取る必要がある。豆乳とヨーグルトときなこを、変な宗教を信じるみたいに盲目的に摂取するだけのわたしが、キレイな髪を保てるはずもなかった。
体はどんどん不健康になっていった。いつもだるくて寒くて、髪も肌も荒れていて。細いか太いかといわれれば、確かに細い部類だけれど、ファッションモデルみたいに脚は細くなかったし、つねに胃に鈍痛があったから背筋を伸ばせず、立ち姿はキレイじゃなかった。
理想を言えば、食べたくないし吐きたくない。でも、喉の内側の傷が治ると、わたしはまた食べて吐いた。胃がどんどん大きくなってしまって、最初はストレス発散になっていた量を食べてもまだ物足りなくて、過食の度合いがひどくなっていく。
そもそもわたしのストレス源って何だろう? 中学時代から引きずってきた心の闇みたいなもの? わたしと何もかも価値観の違う笹山の存在? 小説を書いたりギターを弾いたりしなくなった自分へのいらだち?
わからない。食べたい食べたいと頭の中が暴走している間は、何が原因なのかなんて、本当にどうでもいいんだ。全部を忘れて、発作のただ中にいる。病んだ自分が情けなくて情けなくて、いっそのことどうして死んでしまわないのかと思う。
そうだ。もう死にたい。
ある日、衝動的に、買い置きの薬を全部飲んだ。睡眠導入剤と鎮痛剤と風邪薬と酔い止め薬をあるだけ全部、一気に。
どうなるのか試してみたかった。しばらくは何ともなかった。腕にカミソリで赤い線を引いてみたりして、何かが起こるのを待った。
三十分くらい経ったころから、だんだん体に力が入らなくなっていった。頭がボーッとして、呼吸が鈍くなっていく。まぶたが重く、体の芯がぐにゃぐにゃになった。座っていられなくなって、わたしは冷たい床に倒れた。
眠い。このまま眠れば、それっきりになるのかな。
怖いとか、そういうのはなかった。それを感じたり考えたりするにはもう、頭が鈍くなりすぎていた。
わたしは眠った。どれくらい眠ったのかわからないけれど、吐き気が、わたしの意識を覚醒させた。自分で吐くときとは比べ物にならないくらいの、猛烈な吐き気。胃が裏返って暴れ出したかのような、どうしようもない気持ち悪さ。
起き上がろうにも、体は脱力したままだった。無理やりトイレに這っていって、舌が痺れるほど苦い薬の残骸を、胃の中の消化液と一緒に吐いた。喉が焼ける感触。吐いても吐いても、気持ち悪さは収まらなくて、ひたすら苦しかった。
体じゅうが冷えて、震えが止まらなかった。呼吸したいのに、うまく胸が動いてくれない。つらい。どうしてこうなった。何で吐き出してしまうんだ。ものを胃の中に留めておけない、いつもの衝動のせいなのか。
吐けるものを吐き尽くして、どうにか状態が落ち着いた。わたしは疲れ果てて、胃液で傷んだ喉を潤すこともできずに、こたつに入って寝た。
次に起きたときは、一日半が経過した昼間だった。体調はひどかったけれど、わたしは生きていた。何も考えず楽に死ぬ方法なんて、ないらしい。
胃液で傷んだ喉に、パンに入っていたクルミが引っ掛かった。ザクリと裂けた感触。吐くと、パンのなれの果てと一緒に、血があふれてきた。
傷の痛みも血も、なかなか止まらなかった。食べたい、吐きたい、でも痛い。つばを飲み込むだけで、ひどく痛い。血の味が口のほうへ上がってくるのがキモチワルイ。
三日間くらい、イライラしながらも食べられなくて、鎮痛剤を飲みながら、じっと過食嘔吐について考えていた。
食べたい吐きたい。その狂った衝動を満たすために、かなりの金額をつぎ込んでいる。バイトで稼いだお金で食べ物を買って、それをトイレに捨てる毎日。食べなければ、お金はたまるのに。
吐いたものに含まれる消化液のせいなのか、便器には変な垢がこびり付いている。以前ネットで読んだ過食嘔吐の実話小説によると、その著者は、胃酸のせいで下水管がボロボロになるほど毎日吐いていたらしい。このマンションは大丈夫だろうか。
すぐ頭が痛くなるから、鎮痛剤はよく飲んでいた。残りが少なかったから、ドラッグストアに買い足しに行ったとき、睡眠導入剤を見付けた。使ってみようと思って、買った。
ついでに、ドラッグストアの食品コーナーに回ったとき、金髪でガリガリの女性がいた。食べ物をいっぱいに入れたカゴを、指輪だらけの手で持っている。中指の付け根に、吐きダコがある。あの人もわたしと同じだ。食べて吐いている。
でも、彼女のほうがわたしよりずっと細かった。一心不乱に食べ物を選んでカゴに入れている。たとえ声を掛けたとしても気付かないだろう、と感じた。常軌を逸した行動って、はたから見ると、あんなふうなんだ。
彼女の金髪の隙間から、たくさんのピアスが見えた。チラッとのぞいた手首には、真っ赤な傷のラインがびっしりとあった。
わたしはまだ、なまやさしい。それは安心感のような失望感のような、ぐちゃぐちゃした気持ちだった。わたしは彼女ほど壊れていないから、まだまともになれるかもしれない。わたしは彼女みたいにもなれない、中途半端な人間だ。
食べ物を買う気が失せた。どうせ喉も痛むし。代わりに、ピアスホールを開けるための道具を買った。部屋に帰って、衝動に任せて両耳に穴をうがった。ガシャン、と耳元で音がして、ズンズンと芯まで響く鈍痛が生まれた。あごのリンパがたちまち腫れた。
夜、眠れなくて寝返りを打って、耳の傷の痛みで跳ね起きた。傷口から血が染み出して髪にこびり付いていた。肩よりも長くなった髪は、毛先が荒れている。シャンプーを変えてみても髪質はよくならないし、フケも出ていた。
髪の主成分はタンパク質だ。頭皮もそう。健康な髪や頭皮を望むなら、動物や植物、いろんな食品由来のタンパク質をバランスよく取る必要がある。豆乳とヨーグルトときなこを、変な宗教を信じるみたいに盲目的に摂取するだけのわたしが、キレイな髪を保てるはずもなかった。
体はどんどん不健康になっていった。いつもだるくて寒くて、髪も肌も荒れていて。細いか太いかといわれれば、確かに細い部類だけれど、ファッションモデルみたいに脚は細くなかったし、つねに胃に鈍痛があったから背筋を伸ばせず、立ち姿はキレイじゃなかった。
理想を言えば、食べたくないし吐きたくない。でも、喉の内側の傷が治ると、わたしはまた食べて吐いた。胃がどんどん大きくなってしまって、最初はストレス発散になっていた量を食べてもまだ物足りなくて、過食の度合いがひどくなっていく。
そもそもわたしのストレス源って何だろう? 中学時代から引きずってきた心の闇みたいなもの? わたしと何もかも価値観の違う笹山の存在? 小説を書いたりギターを弾いたりしなくなった自分へのいらだち?
わからない。食べたい食べたいと頭の中が暴走している間は、何が原因なのかなんて、本当にどうでもいいんだ。全部を忘れて、発作のただ中にいる。病んだ自分が情けなくて情けなくて、いっそのことどうして死んでしまわないのかと思う。
そうだ。もう死にたい。
ある日、衝動的に、買い置きの薬を全部飲んだ。睡眠導入剤と鎮痛剤と風邪薬と酔い止め薬をあるだけ全部、一気に。
どうなるのか試してみたかった。しばらくは何ともなかった。腕にカミソリで赤い線を引いてみたりして、何かが起こるのを待った。
三十分くらい経ったころから、だんだん体に力が入らなくなっていった。頭がボーッとして、呼吸が鈍くなっていく。まぶたが重く、体の芯がぐにゃぐにゃになった。座っていられなくなって、わたしは冷たい床に倒れた。
眠い。このまま眠れば、それっきりになるのかな。
怖いとか、そういうのはなかった。それを感じたり考えたりするにはもう、頭が鈍くなりすぎていた。
わたしは眠った。どれくらい眠ったのかわからないけれど、吐き気が、わたしの意識を覚醒させた。自分で吐くときとは比べ物にならないくらいの、猛烈な吐き気。胃が裏返って暴れ出したかのような、どうしようもない気持ち悪さ。
起き上がろうにも、体は脱力したままだった。無理やりトイレに這っていって、舌が痺れるほど苦い薬の残骸を、胃の中の消化液と一緒に吐いた。喉が焼ける感触。吐いても吐いても、気持ち悪さは収まらなくて、ひたすら苦しかった。
体じゅうが冷えて、震えが止まらなかった。呼吸したいのに、うまく胸が動いてくれない。つらい。どうしてこうなった。何で吐き出してしまうんだ。ものを胃の中に留めておけない、いつもの衝動のせいなのか。
吐けるものを吐き尽くして、どうにか状態が落ち着いた。わたしは疲れ果てて、胃液で傷んだ喉を潤すこともできずに、こたつに入って寝た。
次に起きたときは、一日半が経過した昼間だった。体調はひどかったけれど、わたしは生きていた。何も考えず楽に死ぬ方法なんて、ないらしい。