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 体重が増えていた。何度測り直しても、いちばん軽かったときより三キロ増えている。
 帰りにコンビニのパンなんか買って食べるんじゃなかった。昨日の夜だって、バイトの後、寝る前にコンビニのパスタサラダを食べてしまった。

 さかのぼってみれば、あのときのパンが余計だったとか、クラスコンパでつい食べた肉がよくなかったとか、いろいろ後悔が押し寄せる。せっかくやせたのに。百六十五センチに六十八キロなんて、あんな醜い姿からようやく理想に近付けたのに。

 胃が気持ち悪くて仕方ない。さっき食べたパンがまだ胃の中にある。キモチワルイ。これは、いけないものだ。胃の中にあってはいけない。今すぐ捨ててしまいたい。
 吐き気がした。乗り物酔いをしたときのように生唾が上がってきて、耐えがたくなる。わたしはトイレに駆け込んだ。吐き気は続いている。でも、吐けない。吐きたい。

 食べてはいけないのに食べてしまった、という罪悪感。さらに罪を重ねるような気持ちで、わたしは口の中に指を突っ込んだ。ぬるっとした喉に指先で触れると、あっけなく、胃の中のものが逆流してきた。
 べたべたになったパンの残骸が、異臭を放ちながらわたしの口から吐き出される。胃と食道と喉が急激に収縮して、のたうつようにびくびく暴れて、猛烈に苦しかった。自然と涙が出た。

 でも、もっと吐きたかった。これくらいじゃ、なまやさしい。もっともっと、胃の中が完全に空っぽになるまで吐きたい。

 喉に突っ込んだ指を動かすと、胃がけいれんしながら暴れて、苦い消化液が上がってきた。それも吐く。勢いづいたように、異様な味の液を吐くのが止まらなくなる。涙まみれのメガネを、かろうじて汚れていない左手で外す。
 胃酸で喉が焼けて、じりじりした。利き手は指先から肘のあたりまで、もうべたべただ。手の甲の中指の付け根は、いつの間にか皮膚が破れて血をにじませている。歯で傷付けたんだろう。

 何かが気管に入って、激しい咳が出た。ユニットバスの狭いトイレで、わたしはうずくまって咳き込んだ。
 汚い。自分の吐いたものにまみれて、苦しくて涙が止まらない。うっかり引っ掻いて傷になった頬やあごのニキビに、胃液や涙がしみて痛い。

 けれど、達成感があった。消化液が出てくるまで吐けたのだから、今、胃の中は確実に空っぽだ。これで少しは体重が軽くなった。いらだちとあせりの原因が体内から消え去ってくれた。
 よかった。まだ、取り戻せる。増えたぶんの三キロくらい、すぐ落とせるはずだ。大丈夫。

「大丈夫。苦しいくらいでちょうどいいんだ。食べてしまったことの罰なんだし」
 自分に言い聞かせる。頭の中心が、ぼぅっと熱を持っているみたいだった。胃のけいれんと激しい咳が落ち着いていくにつれて、心地よさが満ちてくる。陶酔感。キモチイイ。

 中学時代、保健室で摂食障害の本を読んだことを思い出した。拒食症によって死に至ったカレン・カーペンターや、現代のティーンエイジャーたちの症例。食べて、それが消化されないうちに吐く、という型があること。
 できるだけ食べないようにしよう。それでも食べてしまって、罪悪感に押しつぶされそうなときは、吐けばいい。

 わたしはこのとき、知ってしまった。学んでしまった。心と体の健康を損ねる行為だとわかっていながら、それを始めることを自分で選んでしまった。
 いや、このとき一つステップを進めてしまっただけで、受験生のころにはすでに摂食障害に片足を突っ込んでいたのだと思う。食べることがうまくいかなくなったのは、眠ることや笑うことがうまくいかないせいでもあった。

 食べるとか眠るとか笑うとか、当たり前のことがうまくできなかったのは、中学二年で転校してすぐに味わった、あの謎の無力感のせい。学校という世界を憎むようになった、あの一年間が決定的だった。
 ずっとずっと、「うまくいかない」が積み重なっていた。そしてついに、親や大叔母の管理が届かなくなって、自由にできるようになって、今。
 人目をはばからずに、わたしは吐いた。吐くことを始めてしまった。

 もしも時間を巻き戻して人生を修正できるなら。学校という世界を拒むことや、厳しすぎるとわかっていても響告大の受験を決めたことを、わたしはやり直したりしないけれど。
 あの日、吐いてしまったことだけは、やり直したい。摂食障害、食べて吐くのを繰り返す苦しみなんて、知りたくなかった。病むっていうのはこういうことだと、こんなみじめなことなんだと、突き付けられる毎日。

 わたしはあの日から転がり落ち始めた。誰にも言えない心の病気が、わたしの大学生活をむしばみ始めた。