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 どういう神経なのかわからないけれど、公開告白をする人がいる。そういうテレビ番組が流行っているせいもあるかもしれない。
 雅樹のいる理系特進クラスと合同の体育の後だった。二年生の教室から、雅樹のことを「先輩」と呼ぶ声が聞こえて、そこにいる全員が校舎を見上げた。

「先輩、好きでーす!」
 まわりが盛り上がるよりも早く、雅樹は勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさいっ!」
 それで、おしまい。二年生の子は顔を覆いながら教室に引っ込んで、雅樹は仏頂面で何も言わなかった。

 その日の放課後に雅樹と会った。偶然というより、たぶん、会う可能性の高い廊下をお互い選んで通った結果だと思う。雅樹は皮肉っぽく笑っていた。

「ああいうのってさ、言われたほうがむしろ晒し者だよな。女の敵だって、あちこちからチクチク言われて、居心地悪いのなんのって」
「文化祭のときは、あと半年しかこっちにいない先輩だから断ったんでしょ。後輩だったら、もうちょっと長く一緒にいられるのに」
「だから、しゃべったことない相手と付き合えって?」
「知り合いじゃなかったんだ?」

「全然知らない。それなのにいきなりあれって、テレビか漫画の影響か? ああいうわけわからないのに付き合えるほど、おれは暇じゃねえよ。勉強あるしさ。蒼、志望校、決めたんだって?」
「響告大学。担任の鹿島先生から勧められたし、同じところを狙ってるやつがいて、二人とも合格できたらなって話になった」

 竜也のことを思い出しながら、わたしは言った。つい二日前に竜也から手紙が届いたところだった。
 雅樹はおもしろがるような表情で小首をかしげた。

「同じところを狙ってるって、誰のことだろうね? おれも響告大学志望なんだけど」
「知ってる」

「ついでに言えば、ひとみの第二志望も響告大だろ」
「あの子は、第一志望に受かってくれたらいい」
「別々の大学になっていいわけ? 最近、ひとみとずいぶん仲がいいみたいだけど」
 雅樹の「仲がいい」は含みのある言い方だった。ひとみが望んだとおり、周囲にもちゃんと、普通でない恋のように見えてしまっているんだ。

「ひとみのこと、今、すごく重い。もう、いろいろ意味がわからないよ。全部リセットしたい。文系では響告大を狙ってるのはわたしだけだから、ここで受かって、わたしのことを誰も知らない世界に行ってしまいたい。ひとみはいなくていい」
 するすると口から出てしまう言葉に、わたしは自分で驚いた。どうしてこんなに無防備に白状しているんだろう? 雅樹が相手だから、気楽?

 雅樹は拍子抜けした様子で、パチパチと、まつげの目立つまばたきをした。
「そんなもん? 女子の友達関係って、やっぱよくわからないな」
 女子、とひとくくりにされたことに、わたしは強烈な違和感を覚えた。わたしは普通の女子高生の群れの中に溶けてしまいたくなんかない。

「ひとみは浮かれてる。それで成績が維持できてるから凄まじいけど、わたしは同じペースではいられない。死ぬ気で頑張らないと、響告大は遠い」
「判定は?」
「全然。EとかDとか。偏差値で言ったら日本トップの二校だけ、桁が違うよね。わたし、ほかでは確実に合格ラインが出せるのに」
「おれもけっこう、判定にはばらつきがあるよ。でもさ、根拠のないことを言うのは好きじゃないけど、蒼はやれる気がする。鹿島先生も口が悪い割に、蒼のことは誉めるよな」

 わたしはかぶりを振った。周囲が思うほどわたしは頭がよくないし、できるように見えるとしても、見栄を張っているだけだ。でも、尻尾は出したくない。口はつぐんでおく。

「今日、部活?」
「うん。走ってたら、頭を空っぽにできる。競技の成績は全然、伸びなくなってんだ。限界ってやつ? でもまあそれでいいやって思っちゃってて、ただ頭を空っぽにする時間がほしいから、部活行って走ってる。おれの才能ってそんなもんさ」

 勉強ができて、目立つ顔立ちをしていて、足も速い。何でも持っているような雅樹でも、実はあきらめている。上手に力を抜いている、ともいえるかもしれないけれど。

「冬休みの数学の課題、わたし、半分はそっちのクラスとも同じのをやることになってる。わたしにとってはかなりハードル高いから、ひととおり自分でやって、わからないのがあったら、ノート見せて」
「新鮮だな。蒼が普通のこと言ってくれた」
「普通って」
「おれら、理系と文系で別れてってよかったよな。もし同じ学部をねらうんだったら、一点の差とかで蹴落とさなきゃいけない相手同士だったわけだろ。しんどいよな、あれ。ライバルの顔が見えてたら、なおさらしんどい」

「イヤだよね。最近、点数とか順位とか評価とか偏差値とか、数字が付いて回ってばっかりで、追い詰められていく感じがする。数字が本当に嫌いになっていくのが自分でわかる」
「センター試験まであと一年ちょい、それから一ヶ月ちょっとで本場の入試だろ。それまでに足掻けるだけ足掻いて、どうにかやるしかない。蒼との腐れ縁が続けばいいな」

 素直な口調で語った雅樹は、今日はずいぶん疲れているように見えた。
 お互いベタベタしない関係だから、ひとみと話すよりも気楽に感じられる。そう思っていたら、わたしの心を読んだように雅樹が言った。

「おれにとっての蒼って、いちばん安全な相手なのかもしれない。恋とかわかんないって正直に言えるし。点数を公表しても驚かなくて、ましてや崇め奉ったり? そういうバカげたことはやらないし。もちろん、おれも蒼の点数にビビらねぇし」

「わたしは点数、普段はほかの誰にも言ってないよ。面倒くさい」
「おれも最初からそういう主義を表明しとけばよかった。テストが返ってくるたびに、すっげぇ厄介だよ」

 雅樹は笑いながらため息をついて、じゃあ、と手を挙げて部活に向かっていった。