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私服で中学校の門の前に立つと、変な感じがした。
視界に映る人はみんな、学校指定の体操服やジャージだ。グラウンドでは部活の片付けに入ったところだった。
いきなり、後ろから声をかけられた。
「蒼? 何で?」
男子の声だ。声変わりが始まったばかりのかすれがちな声。
振り返ると、そこに立っていたのは、思ったとおり、雅樹《まさき》だ。部活の練習の一環で、校外を走ってきたらしい。
「何でって、ここにいて悪い?」
「いや、そうじゃないけど。どうしたんだ?」
雅樹は同い年で、陸上部で、わたしよりも十センチくらい背が低い。小麦色に日焼けしている。目がパッチリとした顔立ちは華があって、アイドル系といってもいいくらい。物おじしない性格で、女子からも男子からも先生方からも人気がある。
実は、雅樹とはずいぶん昔から縁がある。わたしと雅樹は同じ保育園だった。二人とも親が共働きだったからお迎えが遅くて、ほかに誰もいなくなった園舎で、お利口さんにして先生の手をわずらわせずに、おとなしく遊んでいたらしい。
一緒に眺めていた絵本のこととか、おゆうぎ会で雅樹が演じた役とか、断片的な記憶はわたしの中にもある。母親同士が仲が良かったから、わたしの家が引っ越した後も、ときどき連絡を取り合って、年に一度は食事会をしていた。
小六と中一で、わたしと雅樹はまた同じ学校の同じクラスになった。まわりには「親同士がもともと知り合いだ」とだけ言っておいた。引っ越しの多いわたしにとって唯一の幼なじみなのだけれど、そんな言い方は気恥ずかしくて、誰にもできなかった。
わたしは雅樹から顔を背けた。引け目を感じてしまった。雅樹は頑張っている。わたしは学校を休んでばかりいる。
でも、雅樹はわたしの後ろめたさなんて気付きもしない様子だった。
「新しい学校、どう?」
「どうって、別に……普通」
「ま、蒼は勉強できるし、どうとでもやれるか。おれは、張り合う相手がいなくなって物足りないけどさ」
「ひとみがいるでしょ」
「三羽烏《さんばがらす》とか三つ巴とか言われてたのが、ツートップになった。危機感が薄れた感じ。おれの成績、落ちるかも」
「人のせいにしないでよ」
「蒼は、高校も町のほうの公立に行くんだろ? おれもひとみも、そっちに出ていく予定。そっちでまた一緒の学校になれるんじゃないかな」
わたしが住む県では、公立高校のほうが偏差値が高い。私立高校は、全寮制のエリート進学校が一校ある以外は、公立高校のすべり止めとして受験する感じだ。
木場山から通える高校もある。でも、大学に進むことを考えているなら、木場山を出て町に住んで、進学校である公立高校に通うのがいい。
わたしはそっぽを向いたまま、顔をしかめた。
「二年も先のことなんて、わかんない」
「たった二年じゃん。受験勉強は早めにキッチリやっとかなきゃいけないし、おれやひとみみたいに木場山から出たいって考えがあるなら、なおさらだ。下宿をどうすればいいのかとか、親や先生たちとも話し合って情報を集めないと」
また、わたしは引け目を感じた。わたしは何の苦労もしなくても、ちょうどのタイミングで親が町のほうに転勤になった。親の転勤にくっついているだけで、大学進学に有利な公立高校の近くに住むことができている。
ふと、グラウンドのほうから大声が聞こえてきた。
「雅樹ー! ランニングの途中でサボるんじゃねぇぞ! 一年に示しがつかねぇだろうが!」
「ヤベ、部長に見付かった。じゃあな、蒼!」
雅樹はすごいスピードで、陸上部が輪を作っているほうへ走っていった。風が動いたとき、かすかに汗の匂いがした。
珍しいシーンだったな、と気付いた。中学に上がってから、わたしと雅樹は、学校では一対一で話したことがなかった。ケンカをしていたわけではなくて、噂になるのを避けるためだった。
不思議なことに、別の小学校出身の子たちの目に映る雅樹は、わたしや同じ小学校出身の子たちが知っている雅樹とは、どこか違っていた。雅樹の顔が整っているのはわたしも認めるけれど、「カッコいい!」っていうのは違う気がしてしまう。
他校の子にそれを言うと、全力で否定された。「学年でいちばんカッコいいよ!」って。
雅樹は顔がよくて、成績も運動神経もよくて、しゃべるとおもしろい。頼まれればイヤとは言わないから、リーダー的なポジションに就くこともある。まあ、雅樹だったら目立って当然なのかなって、木場山を離れた今になって急にわかった気がする。
木場山中学校と書かれた門柱に背中を預けてぼんやりしていたら、制服姿のひとみがグラウンドから飛び出してきた。
「蒼ちゃん! お待たせ!」
ああ同じだ、と思った。ついこの間まで、毎日こんなふうだった。バレー部のわたしのほうが部活上がりの時間が早くて、合唱部のひとみを校門のところで待っていた。
でも違うんだ、とも思った。わたしは私服だし、グラウンドに入りづらくて門の外にいた。待ち合わせの場所は、門からいちばん近い桜の木のそばだったのだけれど。
わたしは背が高くて、ひとみは小柄だ。十五センチくらいの差がある。ひとみは丸顔で、丸い目とぷっくりした唇をしていて、髪が長い。そういう特徴も、わたしと正反対。わたしは面長で、切れ長の目と薄い唇、髪はずっと短くしている。
私服で中学校の門の前に立つと、変な感じがした。
視界に映る人はみんな、学校指定の体操服やジャージだ。グラウンドでは部活の片付けに入ったところだった。
いきなり、後ろから声をかけられた。
「蒼? 何で?」
男子の声だ。声変わりが始まったばかりのかすれがちな声。
振り返ると、そこに立っていたのは、思ったとおり、雅樹《まさき》だ。部活の練習の一環で、校外を走ってきたらしい。
「何でって、ここにいて悪い?」
「いや、そうじゃないけど。どうしたんだ?」
雅樹は同い年で、陸上部で、わたしよりも十センチくらい背が低い。小麦色に日焼けしている。目がパッチリとした顔立ちは華があって、アイドル系といってもいいくらい。物おじしない性格で、女子からも男子からも先生方からも人気がある。
実は、雅樹とはずいぶん昔から縁がある。わたしと雅樹は同じ保育園だった。二人とも親が共働きだったからお迎えが遅くて、ほかに誰もいなくなった園舎で、お利口さんにして先生の手をわずらわせずに、おとなしく遊んでいたらしい。
一緒に眺めていた絵本のこととか、おゆうぎ会で雅樹が演じた役とか、断片的な記憶はわたしの中にもある。母親同士が仲が良かったから、わたしの家が引っ越した後も、ときどき連絡を取り合って、年に一度は食事会をしていた。
小六と中一で、わたしと雅樹はまた同じ学校の同じクラスになった。まわりには「親同士がもともと知り合いだ」とだけ言っておいた。引っ越しの多いわたしにとって唯一の幼なじみなのだけれど、そんな言い方は気恥ずかしくて、誰にもできなかった。
わたしは雅樹から顔を背けた。引け目を感じてしまった。雅樹は頑張っている。わたしは学校を休んでばかりいる。
でも、雅樹はわたしの後ろめたさなんて気付きもしない様子だった。
「新しい学校、どう?」
「どうって、別に……普通」
「ま、蒼は勉強できるし、どうとでもやれるか。おれは、張り合う相手がいなくなって物足りないけどさ」
「ひとみがいるでしょ」
「三羽烏《さんばがらす》とか三つ巴とか言われてたのが、ツートップになった。危機感が薄れた感じ。おれの成績、落ちるかも」
「人のせいにしないでよ」
「蒼は、高校も町のほうの公立に行くんだろ? おれもひとみも、そっちに出ていく予定。そっちでまた一緒の学校になれるんじゃないかな」
わたしが住む県では、公立高校のほうが偏差値が高い。私立高校は、全寮制のエリート進学校が一校ある以外は、公立高校のすべり止めとして受験する感じだ。
木場山から通える高校もある。でも、大学に進むことを考えているなら、木場山を出て町に住んで、進学校である公立高校に通うのがいい。
わたしはそっぽを向いたまま、顔をしかめた。
「二年も先のことなんて、わかんない」
「たった二年じゃん。受験勉強は早めにキッチリやっとかなきゃいけないし、おれやひとみみたいに木場山から出たいって考えがあるなら、なおさらだ。下宿をどうすればいいのかとか、親や先生たちとも話し合って情報を集めないと」
また、わたしは引け目を感じた。わたしは何の苦労もしなくても、ちょうどのタイミングで親が町のほうに転勤になった。親の転勤にくっついているだけで、大学進学に有利な公立高校の近くに住むことができている。
ふと、グラウンドのほうから大声が聞こえてきた。
「雅樹ー! ランニングの途中でサボるんじゃねぇぞ! 一年に示しがつかねぇだろうが!」
「ヤベ、部長に見付かった。じゃあな、蒼!」
雅樹はすごいスピードで、陸上部が輪を作っているほうへ走っていった。風が動いたとき、かすかに汗の匂いがした。
珍しいシーンだったな、と気付いた。中学に上がってから、わたしと雅樹は、学校では一対一で話したことがなかった。ケンカをしていたわけではなくて、噂になるのを避けるためだった。
不思議なことに、別の小学校出身の子たちの目に映る雅樹は、わたしや同じ小学校出身の子たちが知っている雅樹とは、どこか違っていた。雅樹の顔が整っているのはわたしも認めるけれど、「カッコいい!」っていうのは違う気がしてしまう。
他校の子にそれを言うと、全力で否定された。「学年でいちばんカッコいいよ!」って。
雅樹は顔がよくて、成績も運動神経もよくて、しゃべるとおもしろい。頼まれればイヤとは言わないから、リーダー的なポジションに就くこともある。まあ、雅樹だったら目立って当然なのかなって、木場山を離れた今になって急にわかった気がする。
木場山中学校と書かれた門柱に背中を預けてぼんやりしていたら、制服姿のひとみがグラウンドから飛び出してきた。
「蒼ちゃん! お待たせ!」
ああ同じだ、と思った。ついこの間まで、毎日こんなふうだった。バレー部のわたしのほうが部活上がりの時間が早くて、合唱部のひとみを校門のところで待っていた。
でも違うんだ、とも思った。わたしは私服だし、グラウンドに入りづらくて門の外にいた。待ち合わせの場所は、門からいちばん近い桜の木のそばだったのだけれど。
わたしは背が高くて、ひとみは小柄だ。十五センチくらいの差がある。ひとみは丸顔で、丸い目とぷっくりした唇をしていて、髪が長い。そういう特徴も、わたしと正反対。わたしは面長で、切れ長の目と薄い唇、髪はずっと短くしている。