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 わたしはプライドが高い。それを痛感したのは、プライドがガラガラと崩れる経験をしたからだ。崩れて初めて、自分が何を大事にしていたのかを知った。

 高校生活、二週間目。健康診断があった。もともと背の高いわたしは、また少し身長が伸びていた。体重がひどく増えていた。保健室の鏡に映った自分の肉付きのよさにギョッとした。こんなに太っていたのか。こんなぶよぶよな体で、平気で人前に出ていたのか。

 やせたい。でも、どうやったらやせられるんだろう? 食べなければいいのか。中学の給食のころより、高校に入ってからの弁当のほうが量が多い。これをやめたほうがいいのか。

 体重が増えていたことを知った日と前後して、顔じゅうが妙にかゆくなった。鏡を見れば、明らかに赤く腫れている。
 最初は、じんましんかと思った。でも違った。ニキビだった。本当にあっという間に、いきなり顔じゅうがニキビだらけになった。一週間前にはまっさらだった額は、赤いブツブツで埋め尽くされている。

 鏡が憎い。嫌いどころじゃなくて、憎い。登下校のバスの窓に自分の姿が映るのさえ、猛烈にイヤになった。こんな汚い肌を人目にさらして歩かなければならないことが苦痛で仕方がなかった。
 サイドに分ける癖のあった前髪を下ろした。授業中にしか掛けていなかったメガネを、朝から晩まで掛けるようになった。どうにかして少しでもニキビを隠したかった。

 ニキビの薬を探してドラッグストアに入った。ギャルみたいな店員に声を掛けられた。
「何かお探しですか?」
 アイメイクもネイルも完璧な店員の目に、ニキビだらけの顔で塗り薬のコーナーをウロウロするわたしは、どんなふうに映るんだろう?
 猛烈な劣等感が起こった。悲しくて悔しくて、八つ当たりの怒りのようなものさえ抱いて、わたしが何も買わずにドラッグストアから飛び出した。

 ずっと後になった今、肌のトラブルに心底悩んだ当時の自分を振り返ってみると、いくつものアドバイスができるのにと思う。
 まず、基本のスキンケアの仕方を覚えること。習慣づいてしまえば、特別なことも難しいこともない。きちんと泡立てた洗顔フォームで顔を洗う。泡を丁寧に洗い流す。化粧水を肌に染み込ませる。その上から乳液で肌を整える。

 洗顔フォームと化粧水と乳液は、同じメーカーの同じラインのものをそろえること。ニキビ肌の若い人向けのものを使ってみて、もし何も変化がないのなら、敏感肌用のものを使ってみること。
 というのも、ニキビは肌に脂の多い人ができるというけれど、乾燥しがちなタイプにもできるものだから。乾燥して水分が足りない肌は、水分の代わりに脂を出して肌の潤いを保とうとする。その結果、肌に脂が多くなりすぎて、ニキビの原因になってしまう。

 高校一年のころにニキビがひどくなってからずっと、二十代前半まで、わたしは肌トラブルに悩み続けた。特に二十歳ごろまではひどかった。精神的な理由と食べ物による原因と、何よりスキンケアや美容に対する知識のなさが、トラブルを長引かせた。

 わたしのニキビは、乾燥しがちの敏感肌が原因だった。当時のわたしにはそれがわからない。日を改めてドラグストアに行ってニキビの薬を買ったけれど、ニキビの原因菌を殺すその塗り薬は、わたしの肌には刺激が強すぎたみたいだ。ニキビは少しも治らなかった。

 健康診断があって以来、クラスの女子は体形のことや美容のことを話題にするようになった。
「やせたい。ダイエットしたい。でも、甘いもの、めっちゃ食べたい!」
「どうせ肉がつくなら、尾崎さんが理想だよね」
「わかるー! 尾崎さん、どこでブラ買ってるの? ていうか、何カップ?」

 尾崎はあけっぴろげだった。
「F75。でも、ここまでデカいと、おばさんみたいなデザインしか売ってないんだよ」
「じゃあ、バストサイズは一メートル近くあるんだ。巨乳!」
「っつっても、あたし、ほかもけっこう肉が付いてるから」
「尾崎さんのカラダはそれがいいんじゃん! くびれてて、お尻もあって!」
「まーね。家系なんだわ、これ。姉貴のほうがすっげーの。妹のあたしから見てもヤバい」

 教室の空気は、中学時代よりマシだ。悪口や陰口は誰も言わない。でも、わたしはその空気にも付いていけない。
 ひとみも尾崎も教室の真ん中にいる。わたしは隅っこにいる。ほっといてくれればいいのに、ひとみも尾崎もときどき、わざわざわたしのところまで話しに来る。

 ニキビだらけの顔を見ないでほしい。太ったことは気にしている。でも、一緒になってダイエットの話なんてできない。わたしはこの体が嫌いでキモチワルくて、傷付けたいし捨て去りたい。楽しいおしゃべりの話題になんかできない。

 ひとみや尾崎を拒絶したい。そう思ってしまう自分の性格の悪さが、心根の暗さが、本当にイヤだ。自分が嫌いだ。憎い。
 性格のこと、体形のこと、肌のこと。ふと気が付くと、悩んでばかりいる。メガネを掛けた顔を上げられない。

 授業中に当てられた。答えは合っていた。でも、声が小さいと言われた。ちゃんと声を出したつもりだった。唄を歌うのが得意だったはずのわたしの喉は今、弱り切っている。
 数学が難しい。予習に時間がかかる。練習問題の間違いが多い。ひとみは誉められている。わたしは取り残されている。劣等感が募る。

 中学時代よりも小説を書く時間は減った。配られたプリントの裏や、筆箱の中に忍ばせたメモ帳に、休み時間や授業中の隙を突いて書く。家に帰ってそれをパソコンに打ち込んで、フロッピーディスクに保存する。書式を整えてホームページにアップする。

 智絵はホームページを見てくれているだろうか。アクセスカウンターはポツポツと回っている。誰が訪れてくれた痕跡なのか、わたしにはわからない。それが智絵だったらいいと願うだけだ。
 電話してみようか。手紙をポストに入れてみようか。チラリと頭をかすめるアイディア。でも、実行には移せない。思い切ったことをするには、わたしは疲れすぎている。