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 尾崎という名の彼女は、文系特進クラスでもよく目立つ存在だった。派手な格好をしているわけではない。染めていない黒髪は腰まで長く、背が高くて、びっくりするほどグラマラスな体形。強気で明るい。人を惹き付ける何かがある。

 その尾崎が休み時間、わたしに話し掛けてきた。ちょっと驚いたし、ハッキリ言って迷惑にも感じた。尾崎はいきなりわたしに訊いた。
「小説、書けるんでしょ? 書くの、好きなんでしょ?」

 わたしは顔を上げた。尾崎はニッと笑った。
「やっとこっち向いたね」
「やっとって?」
「あいさつとかは返してくれるけど、人の顔を見ないじゃん」

 わたしは視線が嫌いだった。面と向き合うのはもちろんのこと、鏡のカメラも嫌いだ。日中、顔を上げずに過ごしている。
 ため息をついて、わたしは尾崎に訊いた。
「何か用?」

「だから、小説の話だよ。書くのも読むのも好きなんでしょ?」
「別に」
 読書のほうともかく、小説を書く話は、人前でするつもりはなかった。智絵とわたしだけの秘密にしたかった。わたしは唇を噛んだ。

 尾崎は胸をそらした。制服のカッターシャツがパツパツに引っ張られる。尾崎は、後ろ手に隠していたチラシをわたしに差し出した。
「文芸部、入ってよ。ここ何年か、部員不足で閉鎖されてたらしいんだけど、あたしはやりたいんだ。復活させるの。だから今、部員を集めてる」

「何でわたしに?」
「そりゃもちろん、小説が書けるって聞いたから」
「誰から?」
「ホームページ、やってるでしょ? あのペンネーム、きみだって聞いたんだよ。人づてにさ」

 わたしはピンときた。
 一昨日、わたしのサイトの掲示板で少し話した相手が、智絵と同じ学校の人だと名乗った。その人のつてで、別のゲストがホームページのカウンターを回していた。掲示板にも足跡が残っていた。名前も素性もわからなかったけれど、同じ県内の人だという情報だけはあった。

 掲示板で話をして、智絵が学校に顔を出したと知って、わたしは安心した。わたしがいなくても智絵は大丈夫なんだ。よかった、と思った。智絵は、裏切り者のわたしのことなんか忘れて、楽しい気持ちを思い出してほしい。後ろめたさなんて感じなくていいから。

 尾崎はわたしの手をつかんで、チラシをわたしに握らせた。
「今日の放課後、暇? 蒼は部活も塾もやってないんだよね? ちょっとでいいから、部室へ来てよ。まだ全然、人が足りてなくてさ」
「あの」

「季節ごとに一冊ずつ、文芸部誌を発行したいと思ってるんだけど、ほんと、原稿を書ける人がいないんだ。お願い!」
「わたしの小説、読んだの?」

「読んだから誘ってんだよ! 同い年でこんな書ける人がいるって思ってなかった。だって、平均的な中高生の小説っていったらさ、マンガをそのまま文章に起こしただけみたいな、そういうの書く人多いじゃん。セリフの羅列があって、地の文もト書きみたいな感じで」
「流行ってるからでしょ、そういうの」

「まあ、『スレイヤーズ』とかね。でも、あたしの好みじゃなくて。蒼の文章は、すっごい好みなんだ。えぐってくるじゃん、心理描写。風景を書いてるところも、すごいきれいで、いいと思う。蒼はきっと、そういうきれいな景色を見てきたんだろうなぁって」

 驚いた。胸の奥の芯をつかんで揺さぶられたように思った。
 智絵がイラスト付きの手紙で伝えてくれる感想を除けば、尾崎が初めてついた読者だ。こうして生の言葉でわたしの文章を好きだと言ってくれるなんて。

 気恥ずかしさと戸惑いがあった。嬉しいかといえば、どうなんだろう? 嬉しいって、どういう気持ちだったっけ? とにかくわたしは何と答えればいいかわからなくて、ただチラシを受け取った。尾崎は満足そうだった。

 もともと部活をするつもりはなかった。そんな余裕がないことは自分でもわかっていた。時間的な余裕もないし、それ以上に心の余裕がなくて、わたしはいつだって不安定だ。部活に入れば、人間関係をいい形に維持しなければならない。わたしにはその能力がない。
 チラシを見る。尾崎の手書きらしい。文芸部の活動は、部誌を作るための臨時の話し合いがときどき入る程度。縛りの少ない部活だ。掛け持ちOKとのこと。

 尾崎は図書委員だ。図書室で会って声を掛けられたのが、尾崎と話をした最初だった。
 日山高校は蔵書数が多いし、今年と来年は図書室と書庫の整理整頓を徹底的にやることが決まっている。図書委員はカウンターの当番以外にもあれこれ忙しいと、オリエンテーションのときに聞いた。運動部や吹奏楽部との掛け持ちは厳しいらしい。

 人間関係の希薄な部だとしても、やっぱり、どこかの部に所属するということ自体が面倒くさかった。人と関わりを持ちたくない。だって、人も、人と人の関係性も、あっけなく壊れてしまうものだから。わたしはきっと壊すことしかできないから。

 でも、尾崎は、わざわざわたしの小説を読んだ上で入部のチラシを持ってきた。それを無視したら、回り回って智絵を傷付けてしまうんじゃないか。そんな気がしてしまった。