始業式は胃が痛かったけれど、何とか最後まで耐えた。去年の担任は、別の学年の担当になっていた。ホームルームでの自己紹介は、名前と「よろしくお願いします」だけ言った。

 初日から欠席している人がいた。教室に来られない生徒は全部のクラスに、それぞれ二人か三人ずついるらしい。
 自己紹介の順番が空席のところに回ると、理科担当の若い男の担任が、本人の代わりに名前を読み上げた。そうしたら、聞えよがしなヒソヒソ声が、教室のあちこちで上がる。

「去年いじめられてたんだって。かわいそーだよねー」
「仕方ないんだよ。あいつ、超くさいもん」

 智絵も同じように言われているんだろう。「ふざけんな」って立ち上がってぶち壊すことができたらいいのに。
 このまま何も変わることなく、一年が過ぎていくんだろうか。
 一年。こんな学校で、まだあと一年。途方もなく長い。

 親も教師も「高校に上がったら必ずよくなる」と言う。地域に縛られた義務教育の中学校と違って、高校は成績で振り分けられた結果だから、学力や感性が近い人が集まる。高校ではきっとなじめるはずだって。
 友達ができるとか楽しくなるとか、そういう期待はしていない。でも、何かきっかけがあれば、呼吸がしやすくなるんじゃないか。それは思う。

 掃除のとき、休み時間、放課後。何人かに声をかけられた。顔も名前も、話した内容も覚えられない。
 でも、一つ、しっかりと意識に引っ掛かった言葉がある。無邪気な、と言ってもいい男子の声。放課後の会話だった。

「今日、配られたプリント多すぎじゃん。授業の課題とか、いきなりすっげー多いしさ。今日休んだやつ、明日出てきたとき、絶対ビビるって」
「明日、出てくるかな? 今日、無理だった人は、明日からも難しいんじゃないかな」

 答える声は、上田だった。じゃあ、最初の無邪気なほうは、今朝言っていた菅野っていう友達だろう。
 会話は続いていた。でも、わたしはそれを聞かずに教室を出た。智絵のクラスは二つ隣だ。課題はたぶん同じだろう。

 急に、ひらめいた。
 智絵が教室に来られないなら、わたしが課題を手伝おう。智絵のぶんまで授業のノートを取って、家に届けよう。智絵が一緒に勉強する気持ちがあるなら、わたしが智絵の部屋に行こう。

 わたしには、勉強という武器がある。去年は、自分勝手をするための武器だった。でも、違う使い方だってできるはずだ。
 もっとキッチリ勉強しよう。人に教えられるくらい、キッチリ。誰よりもちゃんと理解してやる。

 去年の夏休み、智絵がわたしの友達になってくれて、わたしは救われた。ギリギリのところで踏みとどまれたように思う。笑い方だとか、小説を書く意欲だとか、大事にしていたはずのものを思い出した。

 だから、今度はわたしが、ほんの少しでもいいから智絵の役に立ちたい。
 学校にちゃんと通おう。そう決めた。授業のノートを欠かさないために、絶対、どんなにイヤでも学校に通おう。