あれから先生とは会っていない。
何をしているのか、どこにいるのかもわからない。


先生とのつながりは、事件のときに広まってしまった先生の顔写真しかない。
私は気付けばいつもその写真を見ている。
もはやお守りのようなものだ。


「ケイ先生、お父さん来たー」


三者面談で次の順番である生徒が教室に顔を覗かせた。
私は慌てて写真をポケットにしまう。


「先生、何見てたの?」
「ううん、なんでも……」


そう言いながら、彼女の後ろから入ってくる男性に目を奪われた。


「せん、せい……?」


彼女と男性は戸惑っているようだった。
どうやら勘違いだったらしい。


他人の空似というやつか。


「すみません、恩師に似ていたので……」
「それっておじさんのことじゃない?ね、お父さん」


彼女はどこか楽しそうに言う。


「おじさん……?」
「うん。お父さんの、双子のお兄さん」


先生について詳しく知りたいけど、三者面談をしなければならない。
でも、今行っても集中できる気がしない。


「ユウ、少し先生と話をしたいから、外に出ていてくれないかな」


それに気付いたのか、男性が言った。


「はあい」


彼女は言われた通り、廊下に出た。


彼の行動理由がわからず、私は動揺する。


「先生が、かつて兄に誘拐を頼んだという女子高生でしたか」


私は申し訳なさで謝ろうとするが、止められてしまった。


「元気そうでよかったです」
「どうして……」
「兄は、ずっとあなたのことを気にしていました。あれから苦しんでいないか、前を向いて歩けているか、と」


直接会ったわけではないのに、それでも先生の優しさに触れたような気がして、目頭が熱くなる。


「ご家族の皆さんのことも考えず、馬鹿なことをしました。本当に、すみませんでした。先生にも……お兄さんにも、そうお伝えください」


そして頭を下げようとしたとき、彼が気まずそうに笑っているのが目に入った。


「あの……?」
「すみません、兄はもうこの世を去っているんです」


予想外の事実に、目の前が真っ暗になる。


「それ、は……自殺……」
「あ、いえ!病気が見つかって、去年」
「そうでしたか……」


予想外の現実に、言葉が出なくなる。


「先生、これを」


彼は手帳から白い封筒を取り出した。
そこには『ケイちゃんへ』と書かれている。


「これって……」
「兄からの手紙です。いつ出会うかわからない相手への手紙だったので、ずっと持ち歩いていたんです。正直、渡せるとは思っていなかったんですけど」


私は今すぐ手紙を読みたい衝動に駆られたけど、さすがにこれ以上職務放棄をするわけにはいかない。


「ありがとう、ございます」


受け取った手紙を写真と同じ場所に置いて、三者面談を始めた。





三者面談が終わって教室に一人になると、先生からの手紙を開けた。


『ケイちゃんへ

あの日、君の力になれなくてごめんなさい。
本当は、もっと違う方法で君を助けたかった。
かっこ悪い大人で、本当にごめんなさい。

ケイちゃんと出会って、僕はずっとケイちゃんに助けられていたんだ。
だからこそ、君をきちんと救えなかったこと、今でも後悔してます。

君が、悪意にのまれていないことを祈るばかりです。

僕はいつまでも君の味方だからね。

椎名藍』


先生の名前の上に、涙が一粒落ちる。
それ以上濡れてしまわないように、大切に抱きしめるように胸に当てた。


「ありがとう、先生……」


静かな教室に、私の声だけが響く。


この手紙と先生の写真をお守りに、私はこれからも生きていく。