僕は小学生のように泣く彼女を抱きしめた。
落ち着いたときには目を腫らしていたけど、それ以上に子供のように泣いてしまったことが恥ずかしかったのか、顔を赤くしていた。


「そうだ。名前、聞いてもいい?」


完成した焼きそばを置く。
彼女の反応がなく、箸とコップを取りに、キッチンに向かった。


「……ケイ」


彼女は箸を手に取りながら小さな声をこぼした。
思わず聞き逃すところだった。


「ケイちゃん」


彼女の名前を呼ぶと、彼女は僕から目をそらす。
よく見れば耳が赤かった。


「何笑ってるの?」


テレビを見ていたはずのケイちゃんが、洗い物をする僕の横に来ていた。


「ケイちゃんと会ったときのことを思い出していたんだ」


ケイちゃんは一瞬固まると、僕の肩を軽く叩いた。


「忘れてって言った!」


そう言うと、ケイちゃんはテレビの前に戻ってしまった。


あれからケイちゃんはまず、誰にも気付かれていないうちに服を買いに行った。
そして、自分一人の力で復讐を始めた。


僕はただ、場所と食べ物を提供して、黙って彼女のすることを見守っている。


事件が大きくなってきて戸惑ってはいるけど、今さらケイちゃんを放り出すことなんてできなかった。


それにしても、誰にも疑われないほどの偽動画を作ってSNSに投稿してしまうとは。
ぜひその能力を正しいことに使ってほしかった。


「これでマスコミは馬鹿みたいに騒いでくれるでしょ?それから、SNSも馬鹿みたいに盛り上がる。でも……なんか違うんだよなあ」


だろうね。
きっと、君の思い描く展開にはならないよ。


そう思っても、やっぱりはっきりと言うことは出来なかった。


「……ケイちゃんの目的は何なの?」


悩むケイちゃんにお茶を出しながら聞いた。


「言わなかったっけ?」
「お父さんへの復讐、だったね。でもケイちゃんは今、お父さんに復讐出来ていると思えていないね?」


俯いて答えてくれない。


「マスコミにもわからせたいのかもしれないけど……僕は、それは無理だと思う」
「どうして?」
「マスコミの人たちにとって、ケイちゃんのことは記憶に残らないからだよ。それこそ、お父さんと一緒だ。取材する側は、平気でお父さんの心の中を土足で踏み荒らすだけ荒らして、終わる。それは君もわかってるんじゃないかな」


そう言って、しまったと思った。


反論ができない正論を突きつけてしまった。


「……わかってる。基本、誰でも他人に興味はないから」


また間違ったことを言ってしまうような気がして、口を開けなかった。


「それでも、私と同じ目に遭ってる人のために何かできるならやりたい。ここまで大事(おおごと)になったんだし。このチャンスを逃したら、一生後悔すると思う」


意志が固いのも、正義感が強いのも結構。
でも、その子供じみた思考回路は、いつか自分の首を絞める。


そう言いたかったけど、ケイちゃんに正しく伝える自信がなく、僕はひとまず深呼吸をする。


今まで僕が相手してきたのは、社会のルールを詳しく知らない小学生だ。
だから注意する方法も、正しい道に導く方法も知っている。


だけど、ケイちゃんは思春期真っ只中の高校生だ。
ただ正しい道に導けばいいというわけにはいかない。


言ってしまえば範囲外で、僕はどうすればいいのかわからなかった。


「……もう一度言うよ。君では、何も変えられない」


それでも僕は、間違ったことしか言えなかった。


ケイちゃんは目に涙をためて、容赦なく僕の頬を叩いた。
その勢いで、彼女は部屋を飛び出した。



僕の家に警察が来たのは、それから八分後のことだった。