「……父親は、私がそういうことを言われてることを知らない。私のことを見ようともしない。そしてなにより、他人の心を土足で踏み荒らし続けた。それが、一番気に入らなかった」


彼女の瞳に憎しみが宿る。


「だから、心の中を土足で踏み荒らされるのは、人生を必要以上に取材されるのはどういうことなのか、思い知らせてやろうと思った」


どうして彼女が誘拐をして欲しいと言ってきたのか、わかった。


しかし彼女はまだ子供のようだ。


女子高生が誘拐されたとすれば、必要以上に取材されるのは、僕だ。
彼女の父親ではない。


もし誘拐期間が長引けば、未成年である彼女のことを調べ始め、ニュースで取り扱うようになるだろう。


復讐方法としては、間違っている。


「……今なら引き返せるよ。知り合いの家に遊びに来たってことにできる」


初対面の人の家に来ておいてそんなことが出来るのかとも思うが、彼女がここに来て、まだ数時間しか経っていない。
言い訳なら、嘘ならいくらでも並べられる。


すると、僕が睨まれてしまった。


「帰るつもりはない。復讐を終わらせるまでは、絶対に」


彼女の意志は固かった。
間違っていると指摘することさえ許してくれなさそうだ。


きっと、何を言っても聞き入れてくれない。


「……気が済むまでいたらいいよ」


彼女の表情が緩む。
これを見ると、余計に強く言えなくなってしまうが、ここは男らしく覚悟を決めてしまおう。


そう思い、夕飯の支度のために立ち上がる。
冷蔵庫を開け、焼きそばの材料を取り出す。


「ねえ、お兄さんはどうして死のうとしてたの?」


いつの間にか隣に来ていた彼女は、純粋な目をして聞いてきた。


「……僕のクラス、学級崩壊したんだ」


自分の頼りなさ、頑張った結果に一周まわって笑えてくる。


「学級崩壊?」
「誰も、僕の授業に参加しなくなったんだ。きっかけは、僕がクラスで中心の子を叱ったからで……」


クラスで中心、というのは柔らかい言い方かもしれない。
権力を持つ子。
その子がこっちだと言えばみんなそっちについて行くようなくらい、発言力がある。


その子に、僕が嫌われた。
ある日、その子が言った。


「先生の授業に、出たくない」


それを面白がったみんなが、途端に教室からいなくなった。
その日から休み時間は賑やかな教室なのに、授業になると誰もいなくなる日が続いた。


当然、校長に知られ、怒られ、ほかの先生には白い目で見られた。


「夢だった居場所を奪われて、生きる意味を失ったから……」
「だから、死のうとしたんだ?」


濁したのに、彼女にはっきりと言葉にされてしまった。
僕は若干戸惑いながら、頷いた。


「……先生に声掛けてよかった」


しかし彼女は微笑んでいる。


「間違ったことをしていない人を、助けることが出来てよかった」


彼女に涙を見られたくなくて堪えようとするけど、一筋だけ落ちてしまった。
彼女はそっと僕の頭に手を触れた。


反応に困っていたら、彼女が手を離した。


「先生、私帰るね」
「え……」


床に置いていた荷物を持って振り向いた彼女こそ、助けを求めているように見えた。
彼女に何か言わなければと思うのに、いい言葉が思い浮かばない。


「先生はまだやり直せるもん。私なんかの復讐に巻き込んでいい人じゃない。ごめんね。……このことは忘れて」


泣きそうな顔をしてドアを開けようとする彼女の腕を掴んだ。
戸惑う彼女に、自分が戸惑う。
だが、僕には彼女に言うべきことがある。


「君だって、何も間違ったことをしていないんだよ」


すると、何かのスイッチを押してしまったかのように、堪えていた彼女の涙が溢れだした。


彼女が僕にくれた言葉を、かっこ悪くも真似したかのように言っただけでも、彼女に響いたらしい。