「はは、面白いなあ、もう。偽動画でよくここまで言い切るなあ」


あるニュース番組を見ながら、彼女は笑った。


自分の話題なのに、どこか他人事のように見ている。


「ねえ、先生も面白いと思わない?」
「思わないなあ」


洗い物が終わり、手を拭きながら答える。


彼女は僕のことを、先生と呼ぶ。
僕が小学校の先生をしているからだ。


僕と彼女は、数日前に偶然出会った。


僕が川に飛び込もうとしているときに、声をかけられたのだ。


「ねえ、死ぬんだったら、あなたの人生を私にちょうだい?」


自殺を止めるための言葉だろうと思ったが、それ以前に会ったこともない女子高生に、なぜそんなことを言われるのか、意味がわからなかった。


「私一人だと出来ないけど、人生を捨てようとしている人なら都合がいいの。どうする?」


僕をからかっているようには見えなかった。
真剣に、何かに僕を巻き込もうとしている。


「何を、するつもりなの……?」


つい気になって、聞いてしまった。


「親への復讐。マスコミを壊すの」


憎しみのこもった瞳に、僕に向けられたわけではないのに、血の気が引いた。
彼女の言うことを聞かなければ、殺されるのではないかと思った。


「ふ、復讐って……?」


そこまで聞いてしまえば、もう後戻りはできない。
そうわかっていても、聞かずにはいられなかった。


そして僕が興味を持ったと感じ取ったのか、彼女は口角を上げる。


「あなたに、誘拐犯になって欲しいの」


彼女が人生を捨てようとする人に声をかけた理由がすぐにわかった。
罪を犯してくれ、とは普通に頼めない。


「その顔はわかってくれたのかな?でも、それだけじゃないから。罪を犯せば、自分の人生を根掘り葉掘りニュースで扱われるし、取材される。……わかってる?」


知り合いも巻き込んでしまう、ということだろう。
それはわかる。


だがそこまでわかっていて、なぜ復讐をしようとしているのかは、全くわからない。


「……やっぱり理解できない、よね。ごめん、忘れて」


踵を返して寂しそうな背中を向けられ、僕は思わず彼女の腕を掴んだ。


「協力すれば、話、聞かせてくれる?」


職業病だと思う。
悩んでいる子供を、見て見ぬふりをすることが出来なかった。


「……いいの?」


初めに僕に話しかけてきたような自信満々な表情はなかった。
むしろ幼い子供が仲間を見つけたときに見せる、安心した顔をしていた。


僕が頷くと、彼女は抱きついてきた。


「ありがとう」


そのまま彼女を僕の部屋に連れて行き、話を聞くことになった。


彼女は窓辺に座るけど、彼女の分のお茶をローテーブルに置く。


「私の父親、記者なの。芸能人の裏の顔を暴いたり、事件の被害者家族に取材したり。だから、いつも家にいなかった」


彼女は窓の外を、遠い目をして見つめる。
高校生とは思えない表情に、目を奪われた。


「……そのせいで、私はいつも注目の的だった。他人を思いやらない方法で稼いだ金で生活してるって」
「それは君のせいじゃ……」
「関係ないよ。事実だし」


彼女は何かを諦めているように見える。


「父親に仕事をやめてほしいなんて言えなかった。噂する人にも、言い返せなかった。だから無視をしていたんだけど……父親の記事のせいで、人が死んだの」


お茶を飲んでいる場合ではなかった。
彼女は諦めているのではなく、感情を出さないようにしていたらしい。


癖なのか、後ろで一つに束ねた髪を、強く握りしめている。


「執拗に取材して、取材相手にとってよくない記事を書き上げて。その結果、取材相手が一家心中をした。そのときは、いつも以上に周りの目が痛かった」


彼女の悲しみを押し殺すような声に、胸が締め付けられる。
ここまで彼女が苦しんでいるのに、周りは誰も気付かなかったのかと、怒りさえ込み上げてくる。