十二月に入り、街にはクリスマスソングが流れ、浮かれた空気が漂っていた。それは私も例外ではなく、青空さんへのクリスマスプレゼントに頭を悩ませていた。
 何をあげたら喜んでくれるだろうか。でも、バイトもしていない私じゃあ、たいしたものはあげられないし……。

「うーん」
「どうしたの?」

 教室で一人ウンウンと唸っていた私に、莉緒が不思議そうに近づいてきた。

「あ、莉緒。クリスマスプレゼントをね」
「青空さんの?」
「そうそう。普段使ってもらえるようなものがいいんだけど……」
「ちなみに、予算は?」
「う……」

 口ごもる私に、莉緒はため息を吐いた。

「うーん……。あ、じゃあ梓。私のバイトしてるお店で一緒にバイトしない?」
「バイト? 莉緒のバイト先ってカフェだっけ?」
「そうそう。って、言っても短期のバイトだけどね。デートだなんだで次の土日のバイトがいなくて。……あ、でも」
「うん、土日は青空さんに会うから……」
「そっかぁ。梓と一緒なら楽しいかなぁって思ったんだけど……」

 残念そうに笑う莉緒の言葉に、心が揺れた。バイト代があれば青空さんへのプレゼントも買えるし……。

「ちょっと、聞いてみる!」
「梓?」

 私は、青空さんに次の土日、莉緒と遊びに行ってもいいかというメッセージを送った。返事は、すぐ返ってきた。

「いいって!」
「ホント?」
「うん、なんか青空さんも用事があったらしくて、ちょうどよかったみたい」
「そっか! じゃあ、店長に連絡しておくね!」

 莉緒は嬉しそうに言うと、スマホを取りに席へと向かった。青空さんに会えないのは残念だけど、これで青空さんにプレゼントが買える。そう思うと、次の土日が楽しみで仕方がなかった。


 週末、二日間のバイトを終えた私は、貰ったお給料を持って近くのショッピングモールへとやってきた。どこのお店もクリスマスセールをしていて、男性向けのプレゼントもたくさん置いてあった。帽子や手袋、マフラーといった定番商品はたくさんあるけれど、どれもピンとこない。
 財布……とも思ったけど、思ったよりも高くて、予算をオーバーしてしまうし……。

「どうしよう……」

 困り果てた私は、とりあえず店内をぐるぐる見て回る。……そんなとき、ふと一件の雑貨屋さんが目に入った。クリスマス、というよりは冬をモチーフにした雑貨が並んでいたけれど、その中に真っ青の何かが見えたのだ。この時期に多いのは赤や緑のクリスマスカラーなのに青色なんて珍しいな、と思って引っ張り出すと……。

「ブランケット?」

 それは、空がプリントされたブランケットだった。手触りもよく、暖かそうで、これなら車椅子に乗る青空さんにぴったりだと思った。それに、真っ青の空も、まるで青空さんのことのようだし……。

「よし、これにしよう!」

 レジに持って行くと、それをラッピングして貰った。これで、青空さんへのクリスマスプレゼントは決まった。あとは、クリスマスデートをするだけだ。


「はぁ……」
「どうしたの? プレゼント、買えなかったの?」
「莉緒……」

 火曜日、私は学校でため息を吐いていた。理由は、昨日来た青空さんからのメッセージだ。

「……今週末、会えなくなったって」
「あら……。残念」
「二週連続で会えないなんて、付き合い始めてから初めてだよ……」

 九月のあの日から、毎週土日のどちらかは会ってたし、どっちかに用があって会えない週があっても、その翌週には会えていた。だから、こんなに会えないなんて……。

「寂しい……」
「って、言っても二週間だけでしょ? 夏休みのことを思えば、全然じゃない?」
「それは、そうなんだけど……」

 頭では理解していても、気持ちは追いつかない。私はもう一度深くため息を吐いた。

「予定が空いちゃったよお……莉緒ぉ」
「残念。私は、今週末もバイトです」
「私も……!」
「それが、今週は人、足りてるんだよね。ごめんね」
「そっかぁ……」

 莉緒の言葉に私はガックリと肩を落とす。仕方がない、今週末は久しぶりにのんびりと凄そう……。また来週には会えるだろうし。
 ――そう、思っていた。
 けれど、週が明けて月曜日が来ても青空さんから連絡が来ることはなく、そして私が送ったメッセージに既読を示すマークがつくこともなかった。もちろん、電話にでることも――。
連絡が取れないまま、火曜日になった。もしかしたら青空さんに何かあったのだろうか……。一度、家に行って……。でも、連絡が取れないからといって家に押しかけるのも……。

「そうだ、青空さんのお兄さん……!」

 お兄さんに聞けばいいんだ。もし、青空さんに何かあったのなら、お兄さんに聞けばわかるはずだ。車掌さんであるお兄さんになら、明日も会うことができる。
 そう思った私は翌朝、いつもよりも早い時間に家を出た。
 駅にはいつものように電車が来ていて、すぐそばにはお兄さんの姿があった。
 私に気付くと、お兄さんは優しく微笑んでくれる。

「おはよう、今日は早いね」
「おはようございます。……あの、青空さんって……」
「ああ、それで」

 お兄さんは困ったように頬をかくと、辺りを見回した。そして誰もいないことを確認すると、小声で話し始めた。

「青空、インフルエンザにかかっちゃって」
「インフル、エンザ?」

 思わぬ病名に、変なところで区切ってしまった。インフルエンザって……。確かに、今年はもうインフルエンザが流行りだしてるってテレビでもやってたけど、まさか……。

「そう。しかも、悪化したせいで今、入院してるんだ」
「え、ええ!? だ、大丈夫なんですか!? 私、お見舞い……」
「ストップ。インフルエンザだから、行ったら梓ちゃんにも移っちゃうでしょ」
「あ……」

 確かに、そうだ。もしかして、それで私には連絡をくれなかったとか……?
 けれど、お兄さんは私の疑問に首を振った。

「それはね、ただ単に病院が携帯禁止なだけ」
「そうなんですか?」
「うん。それから、心配かけたくないから、退院してから連絡するって言ってたんだけど、なかなか熱が下がらなくて、まだ退院許可が出ないんだ。でも、もうすぐ退院できるはずだから、そしたら……また、会ってやってよ……」
「はい」

 悲しげに微笑むその表情に、思わず胸がざわつく。ただ、青空さんのことが心配なだけ? それとも……。

「あの、おにいさ……」
「あ、ごめんね。そろそろ出発の準備をしなきゃいけないから」

 申し訳なさそうにそう言うと、お兄さんは乗務員室へと入っていく。私はその背中を見送りながら、小さくため息を吐くと、電車へと乗り込んだ。
 今はとにかく、連絡を待つしかない。もうすぐ退院できるって言ってたから。そうしたらきっと連絡をくれるはず。
 けれど、そんな私の想いはあっけなく打ち砕かれる。
 青空さんからの連絡は次の日もそのまた次の日も……そしてその週末にさえも来ることはなかった――。


 やっぱり、おかしい。
 そう思ったのは、水曜日の朝だった。相変わらず、メッセージは既読にならないし、電話も繋がらない。それどころか――。

「休み……ですか?」
「ええ。本日、瀧岡は休みです」

 月曜日の朝も、火曜日の朝も駅にお兄さんの姿はなかった。今までも、公休日でいないことはあったけれど、三日も連続で休みだなんて……。

「あの、休みの理由は……」
「それは、プライベートなことなので、お答えすることはできません」
「でも……! ……いえ、そう、ですよね……」

 食い下がった私に、駅員さんは怪訝そうな表情を見せると、乗務員室へと入っていく。私は、どうしたらいいかわからず、でも電車の発車する音が聞こえ、慌てて飛び乗った。
 やっぱり、何かあったんじゃないか。だって、そうじゃないとこんな……。
 もう、迷惑かもしれないなんて考えるのはやめよう。私の勘違いや早とちりだったら謝ればいいじゃない。青空さんに会って「心配性だなぁ」っていつもみたいに笑われるほうが、こんな気持ちのままでいるよりよっぽどいい。
 今日で学校も終わりだし、明日の朝一で青空さんの家に行こう。明日はちょうどクリスマスイブだから、この間買ったあのブランケットを持って、青空さんに会いに行こう。
 会いたい、会いたいよ。青空さん……。
 ギュッと締め付けられるように胸が苦しくなる。鼻の頭がツンとなるのを必死にこらえると、私は窓の外の真っ青な空を見つめ続けた。


 翌朝、相変わらず連絡の取れないままの画面を確認すると、私はラッピングしてもらったブランケットを持って部屋を出た。玄関で靴を履きながら、ブーツにしようか、それとも車椅子を押しやすいスニーカーにしようか悩んで、やっぱり念のためにとスニーカーを履いた。クリスマスの日にスニーカーを履くなんて、私ぐらいじゃないかな。と思ったら妙に可笑しくなった。
 ずいぶんと底のすり減ったスニーカーを見て、次に青空さんと出かけるまでに買い換えなきゃいけないなぁなんて思っていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい?」

 なんてタイミングだろう、と玄関のドアを開けると、そこには――青空さんのお兄さんの姿があった。

「え、どうして……?」
「説明はあとでするから! とにかく、来て!」

 お兄さんの言葉に、私は荷物を取ると、玄関を飛び出した。お兄さんは車で来ていたようで、家の前に見覚えのある車が横付けされている。いつも、青空さんが後部座席に乗っていた車。けれど今日は、後部座席はガランとしていた。

「シートベルト締めた? そしたら、出発するよ」

 慌てた様子で、エンジンをかけると、お兄さんは車を走らせる。ナビに表示された行き先を見ると、どうやら目的地は青空さんの自宅のようだった。
 自宅に行くということは、もう退院したのだろうか? なら、なんでこんなにお兄さんは焦っているのだろう。
 車が赤信号に引っかかると、お兄さんは「くそっ」と小さく呟くと、ポケットから取り出した携帯を確認する。そして、ダッシュボードを開けると、一通の封筒を取り出した。

「これは……?」
「……青空から、梓ちゃんに」
「え……?」

 差し出されたそれを受け取ると、お兄さんは再び車を走らせる。私は、震える手で封を開けると、中から一枚の便箋を取りだした。それは、いつか電車の中に置かれていたのと同じものだった。



 梓へ

 梓のことが、大好きでした
 でも、もう俺は梓に会うつもりはありません
 いつまでも元気で
 そして、俺のことなんて忘れて、幸せになってください

 青空
                           』
「な、んですか……? これ……」
「……青空が、全部終わったら、これを渡してくれって。でもさ、こんなのダメだよ。こんな終わり方、あっていいわけないよ……」

 お兄さんは、絞り出すような声で言うと、ハンドルを思いっきり叩いた。

「くそっ……!」

 その行動に、私は背中に冷や水をかけられたような気分になる。だって、普段のお兄さんはもっと温和で……こんな行動、絶対にしない。なら、今は、どうして……。

「おにい、さん……。今、自宅に向かってるんですよね……? 青空さんは、退院して自宅にいるんですよね……? 元気になったんですよね……?」
「…………」
「お兄さん!」
「……確かに、青空は今、自宅にいる」

 その言葉にホッとした。――けれど、次の瞬間、まるで空中から地上に落とされたみたいな衝撃を私は受けた。

「看取るために、帰ってきたんだ」
「みと、る……?」

 看取るって、なに……? どういう意味……? 誰を看取るの? まさか、そんな、そんな……!

「嘘!」
「僕だって、嘘だと思いたい! でも、もう時間がないんだ! 青空にも、僕たちにも!」

 泣き叫ぶようにして言うと、お兄さんは車を止めた。いつの間にか、青空さんの自宅に着いていたようだった。
 私は、お兄さんに連れられるようにして、家の中に入る。シーンとした家の中は、まるで今から怒ることを暗示しているようで、苦しくて、そして怖かった。

「こっち」

 二階にある青空さんの部屋、ではなくお兄さんは一回の玄関横にある部屋のふすまを開けた。そこは、和室になっていて、部屋には青空さんのご両親にお姉さんの姿があった。そして――みんなに囲まれるようにして、布団に横たわる青空さんの姿も。

「青空さん……!」

 駆け寄って握りしめた手は、まだ温かかった。でも……。

「もう、すぐ……だと、思うわ」
「え……?」

 お母さんは手元の機械を確認すると、震える声でそう呟いた。
 その言葉に、頭の中が冷たくなるのを感じた。

「青空さん……? 嘘でしょ? ね、目を開けてよ! 青空さん!」

 ギュッと握りしめた手に、微かに力が入る。そして、青空さんは微笑んだ。

「青空さん! わかる? 梓だよ! 会いに来たよ!」
「あ……ず……」

 青空さんの口がほんの少し開いて、何かを言おうとしているけれど、息が漏れるだけで聞き取ることはできない。でも、私には聞こえた気がした。「梓」と呼ぶ、青空さんの声が。

「ね、青空さん。私、まだ青空さんにクリスマスプレゼント渡してないよ! デート行くのだって楽しみにしてたよ! なのに、なのに!」
「あ……ず……さ……」
「青空さん!!」

 私の叫び声と同時に、部屋にピ――――というアラートが鳴り響いた。それから、青空さんのご両親やお姉さん、それにお兄さんの悲鳴も。

「いやあああ!」
「青空! 青空!!」
「うわああああ!」」
「う、そ……」

 もう動くことのない青空さんの身体に、みんなが泣きながら縋り付く。
 微笑むようにしてなくなった、青空さんの身体に――。


 それ以上は、その場にいることはできなかった。家族のお別れの時間に、私がいちゃいけない。いくら青空さんと付き合っていたとはいえ、他人だ。
 お兄さんは申し訳なさそうにしていたけれど、最後のお別れに連れてきてもらえただけでも十分すぎるほどだった。
 日の並び的な問題らしく、今日の夜がお通夜、明日がお葬式になると、帰り際、玄関の外まで見送ってくれたお兄さんに言われた。

「でも、辛ければ、無理に来る必要は……」
「行かせて、ください……」
「ありがとう」

 お兄さんは悲しげに微笑むと何かを渡そうとして、私が持っていた紙袋に視線を向けた。

「……それは?」
「あ……」

 それは、渡すことのできなかった、青空さんへの……。

「クリスマスプレゼント、渡しそびれちゃいました……」
「梓ちゃん……」

 もう二度と、渡すことのできない、プレゼント……。

「――それ、さ」
「え?」

 このままどこかに捨ててしまおうか、そんなことを考えていた私に、お兄さんは言った。

「僕が預かってもいいかな」
「お兄さん、に……?」
「ああ。……青空に、渡しておくよ」
「っ……」

 そんなこと、できっこないのに……。お兄さんの言葉があまりにも優しくて、私はそれを差し出した。

「ありがとう」

 そして、空っぽになった私の手に、お兄さんは小さなメモを載せた。そこにはお葬式の場所と、時間が書かれていた。
『瀧岡青空、告別式』メモにはそう書かれていて……。私はそれを思わず握りつぶすと、お兄さんを見上げた。

「どうして、ですか?」
「え?」
「どうして、青空さんは……。だって、手術は成功したって……。足が動かなくなったけど、もう大丈夫だって……!」
「梓ちゃん……」

 お兄さんは目を閉じると、玄関の壁にもたれかかった。

「梓ちゃんには、そんなふうに言ってたんだね」
「え……?」
「青空が以前も骨肉腫を患ってたってことは……」
「聞きました。今回が再発だったって」

 そして以前も、そして今回も手術で腫瘍を取り除くことができたと青空さんは言っていた。でも、そう言った私にお兄さんは小さく首を振った。

「確かに腫瘍は取り除くことができた。……でも、今回は――肺にも転移があったんだ」
「転移……?」
「他の場所にも、癌が見つかったってこと」
「嘘……!」

 そんなこと、青空さんは一言も言っていなかった。どうして……!

「手術したって、膝の痛みを取り除くことができるだけでもう治ることはない。放射線治療だって、ほんの少し余命を伸ばすことができるだけだって、そう主治医に告げられて……」
「余命って……」
「夏の終わりに告げられたんだ。……もって、あと三ヶ月だろうと……」

 私の知らなかった話が、お兄さんの口から次から次へと告げられる。転移って何? 余命ってどういうこと……? そんな状態なのに……。

「なのに、どうして……」
「どうしてだと思う?」
「え……?」

 お兄さんの問いかけに、私は答えられなかった。だって、どうしてってそんなの知らない。私は、なんにも知らない……。
 でも、そんな私にお兄さんは優しく微笑んだ。

「好きな子に、好きだって伝えたかったんだって」
「っ……なに、それ……」
「笑っちゃうよね」

 お兄さんはおかしそうに笑う。私も笑おうとして、でも涙が溢れてて上手く笑うことができない。だって、そんなことって……。私に、気持ちを伝えるために、治らないのに手術を受けたなんて、そんな……。

「この数ヶ月、青空は楽しそうだったよ。それこそ、病気が発覚してから今までで一番幸せそうだった。梓ちゃん、君のおかげだよ」
「っ……くっ……」
「だから、青空と過ごした日々を忘れないでやって。君は青空にとって生きる希望だったんだから」
「あ……あああああ!」」

 お兄さんの言葉に、私は泣いた。声を上げて、まるで小さな子どものように泣き叫んだ。
 私にとっても、あなたは希望だったんだと、真っ黒な雲に覆われた世界が、あなたに出会ってから澄み切った青空のように晴れたんだと、伝えたかった。伝えたかったのに……!
 もう二度と会えない青空さんを想って、私はその場で泣き続けた。


「……本当に行くの?」

 翌日、泣きはらした目をした私に、お母さんは心配そうに言う。けれど……。

「今日行かないと、もう、青空さんには会えないから……」
「……そうね」

 悲しげに言うと……お母さんは、私の身体をギュッと抱き寄せた。心臓の音が聞こえる。体温のぬくもりを感じる。生きている人間の証を……。

「気をつけていってらっしゃい」
「うん……。いってきます」

 制服を着て家を出ると、聞いていたお葬式会場へと向かった。そこは少人数でのお葬式を専門としているようで、仰々しさよりもアットホームな雰囲気に包まれていた。

「梓ちゃん」
「あ、お兄さん……」
「早かったね」
「えっと……。このたびは、その……」

 形式として言わなければいけないことはわかっているのに、上手く口から出てこない。そんな私の頭を、お兄さんは優しく撫でた。その手つきが、青空さんの手を思い出させて、余計に何も言えなくなってしまう。もうあの手に、頭を撫でてもらうことはないのだと、手を繋いで歩くことはないのだと思うと……。

「中、入ろうか。青空が待ってるよ」
「は、い……」

 溢れてくる涙を必死にこらえると、私はお兄さんに促されるようにして中に入った。会場には、たくさんの人がいて、みんな青空さんを思って泣いていた。
 一番奥に祭壇があり、笑顔の青空さんの写真が飾ってあった。何度も見た青空さんの笑顔。大好きで、愛おしくて、もう、二度と見ることのできない笑顔……。そして……。

「っ……」
「梓ちゃん……」
「ごめ、なさ……」

 もう、無理だった。涙が、頬を伝って次から次に床へと落ちていく。止めることなんてできない。だって、だって……。

「青空さん……!」

 そこには、青空さんがいた。
 眠っているように、柩の中に横たわる青空さんの姿が。
 今にも身体を起こして「ビックリした?」なんて言い出しそうなのに……。

「青空さん……どうして……! どうして!!」

 その手に、その頬に触れたいのに、アクリル板のようなものが触れることを拒む。

「……ごめんね。あとで、お花を入れるときに、触ってもらえるから……」

 申し訳なさそうにお兄さんにそう言われると、余計に涙が溢れてくる。だってそれは、おばあちゃんのお葬式でもあった……。つまり、最後のお別れの時で……。

「っ……」

 それ以上考えたくなくて、私はお兄さんに頭を下げると、会場の一番後ろの席に座った。ここからでも、青空さんの写真がよく見える。私はその写真をボーッと見つめ続けた。

 どれぐらいの時間が経ったんだろう。いつの間にか、会場には人が増えていて、お坊さんがお経を上げていた。周りの人に流されるようにしてお焼香をして席へと戻る。頭がボーッとして、何も考えられない。なのに、式だけはどんどん進んでいく。
 そして――。

「それでは、最後の――お別れの儀です」

 その言葉にハッとして顔を上げると、柩の周りへとみんなが集まり始めていた。行かなきゃ。もう、これで、本当に……最後……。
 重い足を引きずるようにして柩へと向かうと、お兄さんが何かを言っているのが聞こえた。

「先にこれを……」
「え……」

 蓋が開いた柩に、お兄さんは――ブランケットを掛けた。それは、あのときお兄さんが預かると、そう言ってくれた、私の、私から青空さんへの、クリスマスプレゼント……。

「ああ、綺麗な青い空だ」
「まるで青空のようだ」

 青い空がプリントされたそれを掛けられた青空さんは、青空の下で駈けているかのようで……。

「梓ちゃん、ありがとう」
「おにい、さん……」
「青空、それ梓ちゃんからのクリスマスプレゼントだぞ。大事にしろよ。……僕からは、これ。約束してたやつ」

 お兄さんは、分厚い封筒を逆さまにすると、中身を全部、柩の中へとばら撒いた。そこいは――たくさんの私と青空さんの写真があった。

「これ……」
「入れてほしいって、青空に頼まれてたんだ」
「っ……」

 そのために、何枚も何枚も写真を撮っていたの?
 印刷することもなく、たくさんの写真を。この日のために――。

「そんなのって……そんなのって……! あっ、あ、ああぁぁ!!」

 泣き崩れる私は係の人によって近くの椅子へと連れて行かれる。そして――祭壇にあったたくさんのお花が柩の中に納められると――再び、柩の蓋が閉められた。
 そのあとのことはよく覚えていない。でも、霊柩車で運ばれていく柩を見送って、それからいつの間にか私は自宅へと帰ってきていた。心配したお母さんが何度も部屋を覗きに来た気がするけれど、話をする気力すらなかった。
 ただただ、悲しかった。心に穴が空いたような、そんな気持ちのまま、私は真っ暗な部屋で一人泣き続けた。