「結羽」
 良一があたしを見つめている。あたしは良一から目をそらす。
「何?」
「左肩の傷、自分でやったんだろ?」
「見たんだ?」

「そりゃ、見えるよ。泳ぐとき、パーカー脱いでたから。肩以外にも、自分で切ったみたいな痕があったよな。左肩のがいちばん目立ったけど」
「肩の傷だけ、しつこくいじる癖が付いてた時期があったの。それで、ばい菌が入って炎症を起こしたのか、傷口が膨れて、赤黒いのが引かなくなった。何でその位置だったかって、あんたの左肩にある噛み痕が印象に残ってたせいだと思う」

 小学生のころ、体育の着替えのとき、和弘が良一に訊いた。良ちゃんの肩の赤かやつは何、って。
 あのとき、良一はビクッとして、そしてすぐに笑顔に戻って和弘に答えた。

「生まれつきのアザだって言ったのに、結羽は、噛み痕って気付いてたんだ?」
「うちには、両親が勉強するための教育心理学の本があったから。小近島には本屋も図書館もないし、あたしは本に飢えてて、本だったら何でもいいって感じで、教育心理学の本も読んでた。肩や二の腕の噛み痕の事例も読んだことがあった」

 専門書の解説部分は難しすぎて理解できなかった。でも、現役教師から寄せられた事例は、身近な体験談だからわかりやすくて、小学生のあたしでも読むことができた。

「本には何て書いてあった? 肩に噛み付く子はいじめに遭ってるって?」
「ストレスが原因で、無意識のうちに自分を傷付ける子どもがいる。腕に噛み付く子、指しゃぶりが直らない子、爪をボロボロにする子、自分の体に爪を立てる子。忍耐強い子ほど、自分を傷付けながらストレスを我慢してしまう。良一は典型的だと思った」

 良一が首を左右に振った。
「恐れ入りました。小学生のころから、おれのこと、そういうふうに見抜いてたなんて」
「見抜きたかったわけじゃない。見たくないものまで見えるだけ」
「見える目も、覚えてられる頭も、おれからすれば、うらやましいけど。あのさ、結羽、これ見て」