ほどなくして、ジャージ姿の夏井先生が学校から帰ってきた。ちょうど食卓の準備も整った。晩ごはんの時間だ。
 サザエが主役の食卓は、もし料理屋に食べに行ったら、すごく高価だと思う。でも、これは自分たちで、ほんの数時間のうちに採った獲物だ。

 小近島の生活では、よくこうして海や山からおかずを調達した。潮の満ち引きの具合を見ながら魚を釣ったり、潜って貝類を採ったり、裏山で山芋やムカゴや栗、あるいはタケノコを採ったり。大近島のスーパーに買い物に行くより、ずっとお手軽だったから。

 里穂さんは、サザエの半分以上を冷凍してくれていた。あたしと良一が半分ずつ、おみやげとして持って帰るぶんだ。里穂さんは、あたしと良一の顔を交互にのぞき込んで笑った。
「二人とも、焼けたね。顔、真っ赤になっちょったい。もともと白かったもんね」

 良一は苦笑いした。
「さっき、マネージャーから軽く小言を食らいました。日焼けしたら、合わせる小物の色が変わったり、メイクが必要な現場では、使う化粧品の番号が変わったりするので」
「わかる! わたしも夏場は日焼けしてしまう生活やけん、夏と冬でファンデの色が違うっちゃもん。プロにとっては、おおごとやね」
「ですね。次回から気を付けます」

「同級生さんたちは元気にしちょった?」
 里穂さんの問いに、あたしと良一は同時にうなずいた。

 特別な一日だった。現在と過去と、時間が混ざり合うみたいだった。なつかしいと感じることがたくさんあって、胸の中がいっぱいに掻き乱されて、驚くことが同じくらいたくさんあって、胸がきつく締め付けられるみたいで。

 頭で考えて文章で整理するんじゃ、追い付かない。ああ、こういうときのために音楽があるんだなって、あたしは思った。
 今、ギターを鳴らせば、言葉じゃ表現し切れない感情が曲になってあふれ出るはずだ。そして、どうしても形を取りたいと叫んでやまない言葉だけ、詞という姿で、あたしの中に現れてくる。

 弾きたい。歌いたい。あたしはきっと、この唄《うた》を得るために、この夏ここに来たんだ。早く夜が更けてほしい。早くあたしの時間が訪れてほしい。弾かなきゃ。歌わなきゃ。
 なごやかな夕食の時間は、じりじりと、ゆっくり過ぎていく。