「体育館から見ようか」
良一の提案で、あたしたちは体育館の玄関を開けた。
体育館は、一面、真っ白に汚れていた。校庭から吹き込んだ砂で、フロアに描かれたラインさえ見えない。土足のまま、体育館に上がる。セミの声が遠ざかる。埃っぽい空気が、むっと、こもっている。
開けっ放しの倉庫には、何も入っていない。
「空っぽやね。どこに持っていったとやろ? どこに何が置いてあったっけ?」
つぶやく明日実に、あたしは答える。
「そっちの壁際にドッジボールやバスケットボールのカゴ。隣に卓球台、反対側にマット、その手前に平均台と跳び箱、いちばん手前にスコアボード」
道具の名前を次々と挙げるあたしに、和弘が呆れた顔をした。
「よう覚えちょっね、結羽ちゃん」
「父が時間あるとき、夕方、ここでバレーボールを教えてくれてた。体育館にはよく来てたから、覚えてる」
良一がバスケットゴールの下で手を伸ばす。ほつれかけたネットが指先に触れている。
「小学校のリング、低いな。ダンクできそう」
明日実がぱちぱちと手を打った。
「できそう! 良ちゃん、やっぱり、めっちゃ背が伸びたね。百八十五やったっけ?」
「うん、公称百八十五。でも最近、身長は測ってないんだよ。着丈とかは測るんだけど」
ステージは、がらんどうだった。校章の入ったビロードの幕がない。集会用の演台もない。ステージ袖にあったはずの、古びたアップライトのピアノもない。
校歌を刻んだ木製のパネルは、ステージに向かって左手の壁に掛けられたままだった。ステージ右手の壁の時計は、三時四十二分を指したまま止まっている。
体育館の地下にある倉庫にも下りてみた。一輪車や竹馬やサッカーボール、石灰のライン引きが置かれてた場所だ。やっぱり何も残されていない。
明日実があたしのほうに笑顔を向けた。
「真節小の一輪車ってさ、松本教頭先生がここに来るまで、適当に転がされちょったと。でも、教頭先生、一輪車のサドルば引っ掛ける台ば作ってくれたやろ? あれのおかげで、一輪車のサドルが歪んだり汚れたりせんごとなった」
和弘が続ける。
「教頭先生、竹馬も作ってくれたろ? 逆上がりの練習用の台も。馬跳びタイヤのペンキも塗り直してくれた。逆上がりのやり方とか、速く走るフォームとか、一輪車のその場乗りとか、竹馬のケンケンとか、縄跳びの三重跳びとか、何でも教えてくれた」
良一も、なつかしそうに目を細めた。
「昼休みと掃除の間に、業間体育っていうのがあったよな。大縄跳びとか練習したけど、全校で七人しかいなくて、先生たちも入ってくれて、やっとまともに成立してた。それでも、8の字跳びは走りっぱなしだったよな」
明日実が、そうそう、と笑う。
「業間でレクリエーションもあった! じゃんけんで負けたら列車につながるやつ。あっという間に勝負がつきよったよね。全校でじゃんけんの列車って、普通、想像できんやろ?」
「ねえちゃん、その全校レク、大近島の八十人くらいの学校でもやりよったらしかよ。八十人やったら、五分くらいで勝負がつくとって」
何でもない話、どうでもいい話が尽きない。業間体育で持久走をやったこと。業間のレクリエーションには、詩の群読や歌のときもあったこと。業間の後の掃除は、人数が少ないのに校舎が大きいから、いろいろどうしようもなかったこと。
良一の提案で、あたしたちは体育館の玄関を開けた。
体育館は、一面、真っ白に汚れていた。校庭から吹き込んだ砂で、フロアに描かれたラインさえ見えない。土足のまま、体育館に上がる。セミの声が遠ざかる。埃っぽい空気が、むっと、こもっている。
開けっ放しの倉庫には、何も入っていない。
「空っぽやね。どこに持っていったとやろ? どこに何が置いてあったっけ?」
つぶやく明日実に、あたしは答える。
「そっちの壁際にドッジボールやバスケットボールのカゴ。隣に卓球台、反対側にマット、その手前に平均台と跳び箱、いちばん手前にスコアボード」
道具の名前を次々と挙げるあたしに、和弘が呆れた顔をした。
「よう覚えちょっね、結羽ちゃん」
「父が時間あるとき、夕方、ここでバレーボールを教えてくれてた。体育館にはよく来てたから、覚えてる」
良一がバスケットゴールの下で手を伸ばす。ほつれかけたネットが指先に触れている。
「小学校のリング、低いな。ダンクできそう」
明日実がぱちぱちと手を打った。
「できそう! 良ちゃん、やっぱり、めっちゃ背が伸びたね。百八十五やったっけ?」
「うん、公称百八十五。でも最近、身長は測ってないんだよ。着丈とかは測るんだけど」
ステージは、がらんどうだった。校章の入ったビロードの幕がない。集会用の演台もない。ステージ袖にあったはずの、古びたアップライトのピアノもない。
校歌を刻んだ木製のパネルは、ステージに向かって左手の壁に掛けられたままだった。ステージ右手の壁の時計は、三時四十二分を指したまま止まっている。
体育館の地下にある倉庫にも下りてみた。一輪車や竹馬やサッカーボール、石灰のライン引きが置かれてた場所だ。やっぱり何も残されていない。
明日実があたしのほうに笑顔を向けた。
「真節小の一輪車ってさ、松本教頭先生がここに来るまで、適当に転がされちょったと。でも、教頭先生、一輪車のサドルば引っ掛ける台ば作ってくれたやろ? あれのおかげで、一輪車のサドルが歪んだり汚れたりせんごとなった」
和弘が続ける。
「教頭先生、竹馬も作ってくれたろ? 逆上がりの練習用の台も。馬跳びタイヤのペンキも塗り直してくれた。逆上がりのやり方とか、速く走るフォームとか、一輪車のその場乗りとか、竹馬のケンケンとか、縄跳びの三重跳びとか、何でも教えてくれた」
良一も、なつかしそうに目を細めた。
「昼休みと掃除の間に、業間体育っていうのがあったよな。大縄跳びとか練習したけど、全校で七人しかいなくて、先生たちも入ってくれて、やっとまともに成立してた。それでも、8の字跳びは走りっぱなしだったよな」
明日実が、そうそう、と笑う。
「業間でレクリエーションもあった! じゃんけんで負けたら列車につながるやつ。あっという間に勝負がつきよったよね。全校でじゃんけんの列車って、普通、想像できんやろ?」
「ねえちゃん、その全校レク、大近島の八十人くらいの学校でもやりよったらしかよ。八十人やったら、五分くらいで勝負がつくとって」
何でもない話、どうでもいい話が尽きない。業間体育で持久走をやったこと。業間のレクリエーションには、詩の群読や歌のときもあったこと。業間の後の掃除は、人数が少ないのに校舎が大きいから、いろいろどうしようもなかったこと。